「鉄道は平和な乗り物である」
投稿日である8月15日。日本人ならこの日が何の日か答えられない人はいないでしょう。
日本に甚大な被害をもたらした太平洋戦争の終戦および降伏の宣言が、昭和天皇のお言葉を通じてラジオで流れた、事実上の終戦の日から81年が経過しました。
おそらく今日のテレビなどでは、特攻兵器についての紹介をするニュースが多数流れると思います。
そのなかでも、人間特攻飛行機の「桜花」について紹介していた場合、「設計者は〜」などと話す場面があるともいますが、その設計者について具体的に触れてる報道機関は少ないです。
しかし、その設計者の名前を知ることも大切なのです。なぜか。
それは、設計者の名前が「三木忠直」であるから。
鉄道にかなり詳しい方なら「えっ!?」と驚いたかもしれません。現に私もかなり驚きました。だって三木は、あの新幹線0系の設計開発に携わった重要な人物のひとりだからです。

戦時中、桜花の計画に携わっていた三木。しかし、その計画は「爆弾に人を乗せる」というものでした。
桜花に詳しい方ならご存知かと思いますが、三木は当初計画では脱出装置の取り付けを考えていたようですが、軍は「構造が複雑で量産できない」と却下。それでも万が一のために下側の外板の厚みを増し、何かあっても最低限帰ってこれるようにという設計がされていました。
そして桜花が実戦投入されると、一定の戦果を上げましたが、同時に三木は自身の造った飛行機で人が死んでいくのを指を咥えて眺めることしかできない日々を過ごします。
最終的に桜花に乗り込み散っていった命は55柱。無念という言葉では言い表せないほど苦しかったと思います。
戦後、日本の航空産業が中止されると、航空設計に携わっていた人物は自動車や船などの分野に移っていくことになりました。
しかし、そんななかで三木が選んだのは鉄道。当時は自動車や航空機の発達で徐々に斜陽化していた乗り物でした。
それでも鉄道を選んだ理由として
「将来的に自動車は戦車、船は軍艦に技術が転用される。但し鉄道は軍事転用が難しい。鉄道の世界に入れば平和のための仕事ができる」
という考えを持っていたためです。
航空産業で培った技術を基に、平和利用への道を歩み始めた三木のもとに、新幹線計画としての技術者になってほしいという声がかかりました。1957年には「超特急列車、東京 – 大阪間3時間への可能性」にて講演を行った一人として、世間に新幹線計画が動きだしたことを伝えた人物となりました。

そうして、1964年10月1日。東海道新幹線が運行を開始。
以来路線を拡大しながら、他国と技術力競争を実施しながらも、今日まで新幹線は海外展開した台湾高鉄を含めて乗客の死亡事故ゼロで走り続けているのです。
よくネットでは「新幹線は日本の技術力の粋を集めた、安全性の高いすごいもの!」という考えを持つ人がいます。
しかし、その新幹線車両に込められた思いは「二度と自分の手で作ったもので人が死ぬのを見たくない」という三木の気持ちがあったのだと思います。
何重にも重ねられた安全対策は、桜花の戦没者と同じ目を見てほしくないという気持ちが見て取れます…
鉄道で平和になれるのか
さてここから本題。鉄道は平和につなげることができるのでしょうか?
今の日本は、地道な外交努力のおかげもあってか平和な関係を維持している状況ですが、近年になってその情勢は徐々に変わってきています。詳しいことは触れませんが、正直わたし自身も話し合いだけで解決できる状況では無くなってきたと感じております。
さて、そんな鉄道を通じた平和ですが、海外では軍事輸送のために活躍しているのも事実ではあります。
そもそも日本の鉄道、特に東北方面の鉄道が整備された理由として大きかったのが、「対露戦争に向けた速やかな兵士、武器の輸送を実現する」ことが理由にありました。このことから、鉄道の整備と戦争はどうしても切り離せないものなのです。
また、2022年より4年にわたって継続しているロシアのウクライナ侵攻では、戦車式の鉄道車両がロシア軍で運用されたり、そもそもロシア軍には”鉄道部隊”というものがあり、鉄道を使った戦争というものを継続しているのもまた事実です。
一方で、道路や空路などが閉鎖された状況下で、最後の手段として残されているのが鉄道であることもまた事実です。
現に主要各国の首脳がウクライナへ向かう際に利用したのは鉄道ですし、ウクライナ国民を安全な国外へ逃したのも、大量輸送を得意とするウクライナの鉄道でした。
このように、戦争において有利に展開を進めるための手段として、鉄道が使われていることは、目を背けてはいけない事実だと思います。
鉄道そのものに使う技術は、直接軍事転用されることは少ないものの、その技術を使って作られた鉄道が、戦争への影響を与える可能性がある、というのが私なりの結論だと思います。
一日も早く、争いの無い世の中になることを願って
私たちの思いはひとつ。
そもそも戦争なんてものをしなくて良い世の中になってほしいということです。
81年前の敗戦から、平和国家として世界に発信してきた日本。一触即発の状況の中でうまく立ち回ってきました。
しかし近年、その平和への在り方に疑問を呈する話が、日本の近海を含めた世界各地で起きています。
平和への在り方、それをもう一度考え直す必要があるのではないかと、私は考えます。
日本国憲法の改憲については、今回わざと触れないようにしましたが、どうか私たちの国のためにも、自分の考えを持ち、選挙へ向かうことを強く勧めたいと記して、あとがきとさせていただきます。
この世界から弾丸が無くなる、その日がいつか訪れることを願って。

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別名:停車駅馬鹿
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- 2026年6月15日コラム動画でやること、記事でやること(迷列車動画作者として)



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