あなたは”本当の横須賀線”を知っていますか?~25km未満の軍港路線~

こんばんは。今日も1日お疲れさまでした。暑いですね、もう。

春休みに関西行ったら電車に轢かれかけました。ひえっ
(流石に冗談です)

おや?こんな夏休みに蝉の声に交じって電話が鳴ってますね。なんでしょう。

???
???

おいXのトレンドワードを悪用して、TikTok LITEへ誘導するために仕掛けられたスパムの一種(?)

へち
へち

いいえ

???
???

横須賀線の記事を書け。
書かないなんてないよなあ?

へち
へち

いやそのえっと電車に興味がn

???
???

書かないなんてないよな?

へち
へち

はい…。

というわけで今回はあんまり知らない横須賀線記事です。横須賀色は見たことあるだろ?そうです。
委託されて書いた記事なのでクオリティはそんなに高くないですヨ…。今回の記事は飯テロが出るかもしれませんね、すんまへん。

一部画像にAIを使用しています。ふりとれ初の試み説があって面白い(どうでもいい)

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帝国主義と日本

軍港が置かれた町、横須賀。横須賀がある三崎半島は古くから海運の要所として栄えており、少なくとも鎌倉時代から港として機能していたという記録が残されています。

時は経ち江戸時代。外国貿易を行う港町のひとつとして、浦賀が選ばれることになりました。現在の日本の中心でもある江戸・東京を守るのに三崎半島は、外国との取引を行う港に適していたようです。
明治時代、日本はペリーによって開港を迫られます。その時に浦賀にも影響がありました。

地理的な条件を活かし、海軍が登場。軍部輸送のための路線として鉄道路線が計画されました。その路線こそ、横須賀線だったのです。

“海軍路線”としてのあゆみ

横須賀駅はどこか懐かしい記憶が蘇る

さて、海軍のための路線として開通した横須賀線。一方で、沿線には鎌倉、湘南という観光地が多かったこともあり、観光路線としての役割も持っています。
大船から横須賀までの開通は1989年、東海道線新橋駅までの直通運転は1892年、電化は1925年と日本の中でもかなり動きが早かったのですが、久里浜までの開通は終戦間際の1944年。
あくまで横須賀までが軍事路線、そこから先は観光路線という形だったようです。
ではここで、1889年の時刻表を見てみましょう。たまたま鎌倉駅に当時の時刻表がありました。

大船鎌倉逗子横須賀
9:309:449:5610:15
11:3011:4411:5612:15
16:1516:2916:4117:00
18:1518:3618:4819:00
下り


ちなみに電車が走ったのは1930年から。当初は中央線や京浜線(現在の京浜東北線)からのお古を使用していたようです。
時代は進み、日本は世界を相手に戦争を始めることになります。第2次世界大戦ですね。この当時、主要幹線を除いた全国の鉄道網は「不要不急線」として認定される路線が増加し、線路がはがされていきました。
現存する路線だと、JR五日市線の立川~拝島間(当時は完全な別路線)や東武越生線、西武狭山線などでしょうか。民鉄2路線は戦後復活しましたが、五日市線は青梅線と並走していることから、完全な廃止路線となりました。立川~西立川の「青梅短絡線」と呼ばれる、立川駅中央線下りホームから出る青梅線直通電車が通る謎の路線がその名残と言われています。

一方、横須賀線は「軍港路線」としての要素が強かったことから、戦時中にもかかわらず延伸。久里浜駅まで伸びることになりました。横須賀駅の建物は戦前に改築されたものが現在でも使用されており、当時の建築要素などを見ることができます。

“通勤路線”への進化

日本が戦争に負けた1945年。横須賀線は新たな路線として、方向転換することになります。
従来東海道線に直通していた横須賀線の電車でしたが、1950年代から始まった高度経済成長期を皮切りに、東海道線のバイパス路線として運行することに。1968年には113系列電車が投入されたことにより新性能化が行われました。

また、ベッドタウンとして東海道線の需要が高まり、増発を行ったため東海道線自体の線路容量が圧迫してしまうことに。当時は東海道線列車のうち、ラッシュ時間帯は川崎駅を通過する列車が誕生したほどでした。
そのため、東海道線の直通区間のうち、大船~戸塚・東戸塚は横須賀線用に増線、東戸塚から鶴見は羽沢(羽沢横浜国大付近)経由の新たな貨物線を建設し、横浜経由の従来の貨物線を横須賀線用として転用。
鶴見から品川は東海道線の貨物線である「品鶴ひんかく線」に直通することにより、線路容量の圧迫を抑えました。品川からは総武快速線から延びている東京トンネルに潜り、東京駅地下ホームに到着するという「SM分離/SF直結」と呼ばれる緩急分離・直通運転が行われました。Sは横須賀、Mは東海道、Fは総武快速を表します。

なお、この直通はすべてうまくいったわけではなく、東京駅で座れなくなる、総武快速線で使われていた113系にグリーン車を追加で連結しないといけなくなる、などといった対応に追われたようです。また、東京トンネルは当時別の保安装置を使用していたため、この保安装置を搭載していない車両もしくは難燃性基準をクリアしていない車両は房総に飛ばされるなど、様々な動きが生じました。

ちなみに、戦後に開業した「横須賀線」の駅は東逗子駅(1952年)だけだったり。SM分離時に横須賀線末端部の逗子⇔久里浜というピストン列車が確定したようですよ。

“観光・学習路線”として

そんな横須賀線ですが、沿線には

  • 鎌倉幕府が開かれた鎌倉
  • 富士山や江の島を一望できる披露山公園が所在する逗子
  • 軍港都市として栄えた横須賀
  • 黒船のことを後世に伝える「ペリー公園」が存在する久里浜

などの観光・学習に最適な路線でもあることが特徴としてあげられます。そのため、横須賀線は様々な方面からの観光列車が乗り入れており、今でも「特急 鎌倉」などの列車が定期で運行しています。定期?
僕もたまに横須賀線方面に行くんですが、実際毎回どこに行こうか迷っています笑

そんな路線でもあるため、観光路線としての要素も強いのが特徴。東海道線並行区間はバイパス路線、横須賀線は観光・学習路線として、今日も青色とクリーム色の電車があっちこっちを走っていますよ。

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ってわけで行ってきました

ここまで書いておいて横須賀線に行ったことがない僕。というわけで行ってきました。といっても横須賀線の横浜~東京は過去に乗ったことがあるので、今回は乗ったことがない「真の横須賀線」ですね。

まあ実際は行き京急使ったんだけど、というのもしながわ水族館に行きたくて。そのままマグロ食べたいな~ってノリで行ったので、そりゃ京急になります。

小さいころから生き物が好きでした

マグロ

まじでおいしかった

マグロ消費量が全国2位の山梨県。山梨県民として、いつか三崎半島のマグロ食べてみたかったんですよね…。
今回いただいたのはインド洋マグロ。バチマグロよりも濃厚なのが特徴らしいです。まじでおいしかった。

これで2,000円ぐらいだったかな、京急の「みさきまぐろきっぷ」だとさらにお得に食べられる?っぽい雰囲気でした。おいしかったので皆さんもぜひ…。

横須賀線の旅

というわけで三崎口から久里浜へ戻り、横須賀線に乗っていきましょう。

と言っていたら人身事故。あらまあ…。

久里浜(JO-01)

横須賀線の起点駅である久里浜。だいぶ大きなカーブの途中にある駅、という印象でした。
やたらと大きい構内は大船工場久里浜派出所の名残だとか。今ではほぼ使われることがない線路には、どこか哀愁が漂っていました。

そんな構内にも元209系の訓練車が所在。この車両、もう車籍がないので本線に出ることはおろか、209系とも呼べなくなってしまいました。
思えばJR東型電車において、中間者から先頭車に改造された例は各地に点在する209系訓練車ぐらいですね。

衣笠(JO-02)

近くに高校があることから、学生さんの利用が多い衣笠駅。駅前には商店街があるようなこじんまりとした駅ですが、単線区間で唯一の中間駅でもあります。
衣笠を出るとトンネルが点在。中央本線がおかしいんでしょうけど、トンネルの中で電波がこないことに驚きを感じました。ちなみに、このトンネルは海付近まで横須賀線を敷くのに必要だったようで、当時の技術ではだいぶ大掛かりな工事だったようです。

横須賀(JO-03)

数本の列車はここ発着で運行しています、横須賀駅です。駅前には海があり、海上自衛隊の横須賀艦隊基地が在しています。
横須賀駅、現在使われているホームは2番線と3番線のみ。1番線は現在使用されていません。というのも、1番線は天皇皇后両陛下などの皇族が使用するホーム、いわゆる御陵ホームとして使用されていたという逸話が残っています。

ちなみに、過去には215系を使用していたころの湘南新宿ラインがここまで乗り入れていたんだとか。

向かって右側のホーム

駅出てすぐに横須賀基地が所在。近くには大きなクロダイが2匹いましたが、釣りは禁止されているとのこと。まあそりゃそうですよね。

駅近くには横須賀基地が所在する。

だたっぴろい横須賀駅の構内。たまに避難訓練なんかでも使用されるようですね。

田浦(JO-04)

やたらと古い屋根、実はけっこうすごいやつだった。

田浦カットでおなじみの田浦駅。駅両端をトンネルに挟まれていることからホーム有効長が9.5両ほどしかないため、11両の横須賀線電車はドアカット(一部のドアを締め切りにする)を行うことで知られています。

左側

そんな田浦駅ですが、田浦駅からは過去に海軍の専用線が伸びており、戦後はアメリカ軍の専用線(相模運輸倉庫専用線)となっていたようです。燃料補給用らしいので、青梅線の横田基地専用線みたいな感覚ですね。現在では海上自衛隊の敷地となっています。

現在は廃止となってしまったようですが、線路はそのまま残され、海上自衛隊の基地にはダイヤモンドクロッシングが2か所も残されているようです。ダイヤモンドクロッシングまでは立ち入りが可能とのことですので、ぜひ。

ちなみにこのドアカット、進行方向の先頭車にしか案内が張り付けられていない(横須賀方面なら1号車・2号車の進行方向右手、大船方面なら11号車・10号車の進行方向右手)ので、模型を作る方ぜひお気をつけて。

東逗子(JO-05)

ちょっと新しめの駅である東逗子。というのも、戦後に地元住民からの請願駅として開業したという歴史があるようです。当初の駅名は沼間。ヌママ…?イチカワママ…?Nu Mother?エ?
逗子以南のいわゆる「逗子ローカル」部分では唯一の対抗式ホームを備える駅らしいです。

逗子(JO-06)

J…?って思ったらFが基本でしたね。ハイ。

湘南新宿ラインの起終点駅である逗子駅。横須賀線もこの駅で増解結を行います。
逗子から久里浜の間は逗子ローカルとも呼ばれ、列車番号も独自の「H」が使用されています。

横須賀線から出る湘南新宿ラインは全て宇都宮線に直通する電車。基本的に久里浜方面への対面接続は行われますが、大船方面は湘南新宿ライン・横須賀線ともに同一方向のため、考慮されていない印象でした。

ちなみに、この逗子という地名は「三浦逗子城」という、平安時代、三浦半島に所在した住吉城というお城の別名からきている説、などといった由来があるようです。

鎌倉(JO-07)

鎌倉幕府が開かれた鎌倉。鶴岡八幡宮や小町通など、様々な観光名所が所在します。
江ノ島に行く観光客も立ち寄るため、ホームは終日混雑。正直、お金に余裕があるなら一度逗子まで行ってから乗り直すほうが楽です。

北鎌倉(JO-08)

森の中にぽつんとある北鎌倉。近くには円覚寺など、歴史的建造物が数多く所在します。

こんな感じで自然が豊かな場所にある駅なので、どこかのどかな雰囲気があります。小学校の頃修学旅行で使ったなあ、懐かしい。

大船(JO-09)

いよいよ終点大船。ここから先は東海道線となるので割愛。めんどうなだけ?そんなことは決して。
大船駅は2面4線(横須賀線)の大きな駅。また、根岸線1番ホームから連絡線が伸びています。これは、過去に存在した横浜線からの直通電車などが走行する線路。営業列車としては、現在使われることがないようですが…。(甲種輸送はあるらしい?知らんがな

ちなみに、湘南新宿ライン(東海道・高崎系統)は次の戸塚駅手前で転線を行います。大船駅は東海道線ホームに停車するところがポイント。大船駅でしれっと緩急接続する場合もあるようですね。

まとめ

東京から久里浜の間を走る横須賀線ですが、意外と「横須賀線」単体で見ることってないなあと感じた今日この頃。皆さんは横須賀線にどんな思いがありますか?
さて、なんで横須賀線に詳しくないのに横須賀線の記事を書いたのかというと、Freedom Train・矢切ディスカッションが8/16(日)にコミックマーケットに出展するから。

僕は花火大会があるので家から応援しています。ご来場予定の皆様、くれぐれも熱中症対策をお忘れなく。ご来場お待ちしております。
今日の記事はここまで。ほなな。

この記事を書いた人
へち
へち
晩年眠いので記事の信憑性はないかも(適当)

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