こんにちは!新しくふりとれに入ったあひぃです!これからのんびりと記事を投稿していきますので、よろしくお願いします!月一くらいで記事が出せたらいいな!
絵を描くのは好きですが、下手くそなので見苦しい点もあるかもです…
手書き文字が読みにくかったらご気軽にコメント下さい…

ではでは早速、埼京線嘘歴史劇場、開幕です!
え、埼京線って古くね?
埼京線はそもそもなかったので、赤羽線の解説から進めていきます。
赤羽線とは、池袋駅と赤羽駅を板橋、十条駅経由で結ぶ全長5.5kmの路線です。
ルーツは1885年に開業した官営鉄道の品川線で、開業時は新橋〜品川〜渋谷〜新宿〜板橋〜赤羽間で運行されていました。

1906年に日本鉄道が国有化されたあと、1909年に赤羽〜品川(渋谷経由)、池袋〜田端は「東北線の部」の山手線になりました。また、同年12月16日には電化され、現山手線の品川〜渋谷〜池袋〜上野間と池袋〜赤羽間で別系統として運行されるようになりました。
【悲報】支線に裏切られる
1925年、山手線が環状運転を始めると、池袋〜田端まで直通運転をするため、本来は本線であるはずの赤羽線が支線のような状態になってしまいます。なので、このあたりから「赤羽線」が通称として定着しました。
1972年、国有鉄道線路名称が変更され、山手線は「東北線の部」から「東海道線の部」になりました。しかし、赤羽線は「東北線の部」に残っており、今まで通称として親しまれてきた「赤羽線」が正式な路線名称として呼ばれるようになりました。

このあたりでは山手線からやってきた101系(カナリアイエロー)が使用されていたようです。
赤羽線はこの頃からも新宿方面から浦和、大宮方面に向かうのに便利な路線として親しまれており、1965年頃には混雑率が200%を超えていました。

(画像はイメージです)
新線建設でさらに便利に?
⚠この先異変注意⚠
※筆者が暴走し始めます。現実と全く関係ありませんのでエンタメとしてお楽しみください〜
1970年頃には、東北・上越新幹線の上野延伸に関わる通過地域の通勤新線建設に対し、赤羽線との直通計画が打ち出されました。また、通勤ラッシュのひどい混雑を緩和するために103系全編成が10両化されました。
そして迎えた1985年9月30日。
通勤新線は東北本線の支線扱いで赤羽〜大宮が全線地下で開通し、赤羽線も含め池袋〜大宮間で「埼京線」と呼ばれるようになり、また同時に電化した川越線との直通も開始されました。
種別は快速、通勤快速が設定され、快速の停車駅は赤羽、戸田公園、武蔵浦和とその先の各駅、通勤快速の停車駅は赤羽、武蔵浦和、大宮となりました。
なお、通過する種別は池袋〜赤羽間は各駅に止まります。
この頃では103系がウグイス色とカナリアイエローをまとって走っていました。
混色編成もあったらしいですが、通勤新線開業に伴ってウグイス色に統一されたようです。

ウグイス色の103系。尾灯を目と捉えて見るとかわいい顔が見える。
埼京線、進化を遂げる
1987年、埼京線は国鉄からJR東日本の持ち物に変わりました。その後、埼京線は着々と沿線人口を伸ばしていき、北与野〜南与野間には「与野ニュータウン」が完成しました。これにより、通勤快速の停車駅を赤羽、武蔵浦和、与野本町、大宮となり、通勤特快は、通勤快速の上位種別として設定され、停車駅は赤羽、大宮となりました。そう、みんな大好きノンストップです。
その後、国鉄は線路容量の空いてきた貨物線を利用し、1989年には大崎、そしてその先は蛇窪線、品鶴線を通り武蔵小杉、東海道貨物線に延伸し、さらに同年開業の新駅「羽沢横浜国大」まで延伸し、相鉄線との直通を開始しました。
これにより、従来は分断されていた南北輸送を強化するため、「湘南新宿ライン」も同時に開業し、新宿〜藤沢間、新宿〜海老名間で小田急線、渋谷〜横浜間で東急東横線という競合私鉄への対抗策が完成しました。
なお、西大井〜武蔵小杉は横須賀線と線路を共用しています。
また、「武蔵小杉」駅は1989年、相鉄線直通開始と共に開業しています。
相鉄線が直通用に持ってきた車両は…新7000系でした。最高時速は120km、私鉄の車両ながらハイスペックで、西大井-武蔵小杉間の東海道新幹線との併走区間では300系新幹線に迫る走りも見られたようです。
相鉄線に直通したおかげで、大崎〜武蔵小杉間の列車本数を増やせた他、相鉄線は都心進出という大きな目標を達成することができました。
103系は1990年に205系に完全に置き換えられるまで運行されたので、1年弱相鉄線にも顔を出したそうです。

これはどう考えても103系。相鉄線内ではかなり周りの車両に溶け込んだ...らしい。
また、相鉄線に直通を開始したことから、新型205系は50本体制になる予定となりました。
埼京線205系の「最強」伝説、幕開け
1990年に無事に埼京線の103系を淘汰し終えた205系は、今まで山手線などに導入された205系とは一味違いました。

205系7000番台イメージ図
1988年から205系7000番台という番台区分で登場した彼は、GTOサイリスタを使用したVVVFインバータ制御、最高時速130kmにも対応していました。
なぜ時速130kmへ対応したのか。
実は沿線人口の増加をあらかじめ見越していた国鉄は埼京線の線路を高速運転に対応させていました。まさに国鉄の策略勝ちですね。
従来の205系0番台などと比べVVVFインバータ制御を採用したことから省エネ性能が上がった他、前照灯の形も変更されました。
また、103系淘汰後のダイヤ改正以降は時速130kmで運転することができたので、赤羽〜大宮間では武蔵浦和、与野本町以外止まらない通勤快速列車では赤羽〜大宮を14分、同区間ノンストップの通勤特快では10分で結んだそうです。
戸田公園駅の通過線を時速130kmで通過する205系7000番台は、トンネル内を通過する音を聞いただけで子供が泣いてしまったとのエピソードも…
東京臨海高速鉄道りんかい線の開業、直通運転開始
2002年、りんかい線の全線開業と共に、東臨70-000形という新しい仲間が増えました。70-000形は10両編成10本体制で登場しています。

川越駅に入線する70-000形
彼は期待の新人、もちろん時速130kmにも対応しています。
その頃川越線では怪しい工事が…?
2003年頃、川越線の西大宮駅にホームの15両対応工事が施工されました。
それを皮切りに2004年には川越線の川越〜大宮間の15両対応工事が行われ、埼京線の一部駅でも15両対応工事が進められていました。それに加え、川越線区間の複線化も同時に行われていたそうです。
その頃の埼京線は通勤ラッシュ時の混雑が激化しており、混雑率は常に200%を超えていました。
また、川越線の川越〜高麗川、八高線の高麗川〜八王子間ではホームの5両対応工事が行われました。
そしてその工事はりんかい線にも波及し、最後の15両未対応駅、東雲駅の15両対応工事が完了し、2004年10月、こんな発表がされました。
埼京線の列車は基本15両編成として運行し、大崎〜相鉄線直通は10両編成、川越からは川越・八高線への5両編成の直通列車を設定する。
なお、これによって増備された車両はなんと205系7000番台。5両×53本の増備です。
え、まだ増えるの?しかも多い。それもそのはず、5両編成での運用が増えたからです。
なんと、205系7000番台の付属編成は、八高・川越線の仙台から来たオンボロ103系3000番台を置き換えてしまいました。
そう、二回も103系を置き換えています。205系、恐るべし…
さらに驚き、5両編成はIGBT素子を使用したVVVFインバータ制御だったのです。5両編成が製造されると同時に、10両編成にも機器更新が行われました。
また、70-000形は新木場〜川越間のみの運行なので、中間車が5両×10本分新造されました。このときに70-000形も機器更新、内装のグレードアップが行われ、現在の形態になりました。
そして2004年のダイヤ改正。運行系統が大幅に変化しました。新木場〜川越は15両で運転、相鉄線直通列車は大崎駅で付属編成の切り離し。また、川越駅でも同様に付属編成を切り離し、高麗川方面、八高線に直通し八王子まで運転されるようになりました。

ちなみにこのときの連結の仕方は10両基本編成の大宮方に5両編成を繋いでおり、大崎駅での停車時間を極力減らせるようにしたそうです。
また、多摩地域の急速なベッドタウン化により輸送力が逼迫し、列車本数が増えたことから、八王子〜高麗川間では複線化も実施されました。
新型車両…?
2006年、中央線にE233系が導入されました。

中央線のE233系
中央線のE233系も八高線の八王子〜高麗川間に乗り入れています。
車両を同形式で揃えたがるJR東日本のことなのでもしかしたら205系が置き換えられるのか…?と思いました。
しかしE233系は設計最高速度が時速120km。埼京線の新車はまだ訪れないと大きなお友達鉄道が大好きな人々は考えていました。
時は進んで2010年。
相鉄線向け新型車両「11000系」が登場し、埼京線への直通運転を開始しました。
この車両は、E233系をベースとして作られた車両でした。
ただ、相鉄側は11000系に15両化は行いませんでした。
なので、今も相鉄線からの乗り入れは新宿までなのですね。
そして2013年、ついに埼京線向け新型車両、「E233系7000番台」が開発され、試運転を開始しました。
最高時速は——— 時速130km
本数は10両編成50本、5両編成53本。

大崎駅に15両で入線するE233系7000番台
ついに205系7000番台は終焉を迎えることになりました。
このときに余った205系7000番台は、機器更新されてからわずか10年と少し、まだまだ使える車両だったのです。
それに伴い、武蔵野線、京葉線、宇都宮・日光線、中央本線などに飛ばされました。


京葉線・中央本線に飛ばされた205系7000番台
その時に台車を載せ替え、最高時速は110kmに抑えられたそうです。
そして現在へ
今も70-000形は10本残って……いません。新型の71-000形が15両×10本作られ、70-000形が置き換えられます。

新型71-000形。写真では見切れているが貫通15両編成だ。
205系7000番台は各地でバリバリ現役ですが、そろそろ登場から40年ほど経ちます。
記録はお早めに…
これからはE235系と71-000形が埼京線の主力として活躍していくのでしょうね。
おわりに
埼京線の歴史劇場、楽しんでいただけましたか?
最近妄想鉄にハマってて、それをブログという形で発信できてよかったです!
このお話が好評だったら高崎線直通エンドも作っちゃうかも?
羽田空港アクセス線も作っちゃう?
次回に期待していてください!
参考文献
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E7%BE%BD%E7%B7%9A
- https://www.twr.co.jp/20th/tabid/337/Default.aspx
- 私の妄想
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