はじめに
はじめまして。17901と申します。
2023年1月に東急線での定期運用が消滅した8500系。先立って東急電鉄では、2021年に8500系のカットモデルや運転台、さらには車両そのものを特別に販売するということを行っていました。
ネット上では「車両買うやつなんているのかよwwwwwwwww」といったような向きがあったのを覚えていますが、とうとう車両の購入に名乗りを上げるものが現れ、さらに世論は大盛り上がりとなりました。
名乗りを上げたのは、東京さつきホスピタル。高齢者医療・精神科・小児科を診療科目とする病院です。「もっと気楽に精神科病院を利用してほしい」という理念から、8500系(デハ8530)を購入し、敷地内で公開するのを決めました。そのような理念があってこそ、当病院と一切ご縁のない私17901が訪問し、パシャパシャと何枚も写真を撮ることができたのだと感じております。この場をお借りして、感謝申し上げます。
それでは、実車を観察していきましょう。
外装をみてみよう
こちらがご本尊たる元・デハ8530、中央林間方の制御電動車です。先頭車を基準にすると、当編成までが非軽量車体となります。強い丸みを帯びた屋根が、非軽量車体の特徴です。また、従前の車では車側灯の手前で途切れていたコルゲートが、この車では途切れることがなく続いているとのことです。
そのほか、デハ8530の外観についての情報をお持ちの方がおられましたら、コメント欄などでお知らせくださいませ。
内装をみてみよう
概観
おおお!これがまさに私が求めていた内装です!
乗降に使用する扉以外の扉に保護棒を設置していること、中づり広告が東京さつきホスピタルのものに差し替えられていること、家庭用の暖房器具が設置されていることの三点を除けば、車内は引退当時の仕様から変わっていないと申し上げても過言ではないでしょう。
いつものアングルです。ところで、一昔前の東急を象徴するツートンカラーのモケットを初めて採用したのは9000系(1986)であるのは有名なお話ですが、それを最後に採用したのは8500系の車内更新車(施工:1997~2001)であるという事実は、あまり知られていないのではないかと感じています。申し遅れましたが、デハ8530は2000年ごろに内装が更新されています。したがって、原型の内装をご紹介できかねることをご容赦ください。
座席周り
座席
8500系の非軽量車は、本来は扉間8人掛け(一人当たり掛け幅:およそ419mm)、車端部4人掛け(一人当たり掛け幅:およそ431mm)の構成でしたが、内装更新の一環として、扉間7人掛け(一人当たり掛け幅:440mm?)、車端部3人掛け(一人当たり掛け幅:440mm?)に改められました。また、背ずり・座面ともにバケットシートとなり、座り心地は原型のものとは全く異なるものとなりました。
座り心地についてですが、硬め基調のクッションである一方、高めの背ずりと少々深めのバケット形状が相まって、田園都市線を走る東急車の中ではアタリの部類に入る座り心地だと感じました。欲を言うならば、通勤電車としては大きめである、575mm(これは原型車の寸法です,更新前後で奥行が変化しないものと仮定)の座席奥行をそれほど生かし切れていないような座り心地だと感じました。背ずりが厚いのが原因でしょうか。
余談
ところで、静態保存されている車両の座席に座ることができるときは、入館料などを取る場合が多いです。また車両によっては、入館料を払っていても座ることさえかなわないこともあります。そんな中、東京さつきホスピタルにて静態保存されているデハ8530では、当然のように座席に座ることができます。板張りの座席であればハードルは幾分低いものになるだろうというのは想像に難くありませんが、通常のモケット張りの座席を見学者に開放するのは、非常に骨の折れることであると感じています。例えばくずはモールに保存されている京阪3000系(初代)では、当初は座席に座ることができ、見学者が自由にくつろぐ……なんてことができました。しかしいたずらや見学に当たってのルール違反が絶えなかったのか、現在では座席に座ることができないようになっています。
そのため、座席を開放するにあたっては、座席そのものの経年劣化に加え、人が使用することでさらに劣化が早まることや、一部の心無い見学者によって座席が破損してしまうことまで考えなければなりません。それに対し、座席を見学者に使ってもらうために起こる以上のような損失を、入館料などで補填している例がほとんどですが、今回の事例ではクラウドファンディングを活用しているために、多くの見学者にとっては無料で車内に入ることができ、座席に座ることができているのです。改めまして、感謝の念に堪えません。
余談おわり
モケットは、一般席については先述の通りツートンカラーのものですが、筆者が想定していたよりも毛足の短いものでした。3000系(2代)のモケットをはじめとして東急の営業車全形式の座面にまで広まった、あのゴワゴワとしたモケットをご想像してくだされば話がたいへん早いです。
優先席部のモケットは以上の通りで、青色を基調にしつつ、シルバーシートのマークを散りばめた特徴的なものです。JR西日本の、優先対象者のピクトグラムを散りばめた優先座席モケットとも、思想が似通っているように思えます。こちらも一昔前の東急を象徴していますね。
資料を見る限りでは※3000系(2代)の登場時までは、東急においてもモケットの色合いを変えて優先席か否かを区別していたようですが、いつのまにかそのような文化は東急からはなくなってしまいました。
※出典の表記は後ほど加筆という形にて行います。ご了承ください。
ちなみにデハ8530においては、上り方・山側に消火器+機器箱を配置したため、左右で座席が(目視で200mmほど)ずれています。つまり海側の妻面の席に着席した場合、消火器とにらめっこすることとなります(右画像参照)
袖仕切り
東急において、これまた9000系にて初めて採用された板状の袖仕切りを、8500系の内装更新車においても採用しました。特筆すべき事項は特にありません。
ところで、今回の8500系内装更新車に限らず、東急車は、袖仕切り上部のパイプが他社車両より高い位置に設置されています。しかしなぜなのでしょうか。
車内更新車と8637F~8642Fの内装、何が違うの?①座席編
ここに、8500系のうち、後続の9000系の思想を随所に取り入れた8637Fとの比較画像をご用意しました。なお、8637F側は左右を反転させています。ご了承ください。
やはり同形式なだけあり、一見すると似ているように思われるでしょうが、それでも相違点は存在します。なかでも座席がバケットシートなのか否かと、定員着席を促すために仕切りを用いている or スタンションポールを用いているかは、目につきやすい相違点でしょうか。いずれにしても、形態としての登場時期がより新しいデハ8530のほうが、より現代の車両に近いものがあります。
また、バケットシートとスタンションポールの合わせ技で定員着席を促す形態は、8500系の内装更新と同時期に設計・製造された3000系とも類似しています。
以上のことから、8500系の内装更新にあたっては、8500系の最後期仕様(18・19次車)の意匠をおおむね踏襲しつつも、スタンションポールなど、9000系以降の車両で採用された事柄のフィードバックを受けて更新メニューを策定したことがうかがえます。
荷棚・天井・照明
荷棚
荷棚はいたって普通のステンレス製網ですが、荷棚ブラケットからなにやら不穏な雰囲気が感じ取れますね。この穴にはもともと塩ビパイプが通されていて、見た目としては以下の画像のようだったと推察されます。
しかしながら防災的な見地により、1982~1983年ごろにかけて塩ビパイプは順次ステンレス網に交換され、この形態は消滅してしまいました。デハ8530の場合、せっかく開けた穴が3~4年程度で役目を失ってしまったことになります。以降およそ40年間、登場当時の仕様を思い起こさせる要素として、これらの穴はひっそりと残っているのです。
天井
分散冷房で、なおかつ冷風を扇風機で拡散するオールドスタイルです。こんなスタイルの電車がほんの少し前まで東京都心を闊歩していたのだから、実に恐ろしく感じます。
ちなみにデハ8530を含むデハ8500形・デハ8700形の内装更新車には、全部で7台ある扇風機に加えて、一台のみラインデリアが設置されています。これは、本来冷房装置が来るべきところにパンタグラフが来たがために冷風が均一に行き渡らなくなるのを防ぐため、車両中央に寄せて設置された冷房装置から車端部にダクトを敷いたのがきっかけです。ラインデリアは、そのダクトの道中に設置されています。
一枚の写真の中に扇風機とラインデリアが仲良く映り込んでいる様子を、ほかの鉄道車両で見ることはできるのでしょうか。なんともカオスが極まった絵面をしていますね。
照明
デハ8530の蛍光灯の本数は22本(1列11本)で、20m級4扉車としては標準的な本数です。つり革ブラケットと蛍光灯ソケットが一直線上に配置されていないのは、8500系非軽量車の特徴です。後年になってLEDに換装されています。
車内更新車と8637F~8642Fの内装、何が違うの?②荷棚・天井・照明編
先ほどの比較とは打って変わって、かなり違いが分かりやすいのではないでしょうか。そして、デハ8530のそれのほうが古さを感じさせます。8637Fにおいては、9000系の仕様をほぼそのまま踏襲したといった印象で、(主な)補助送風機は扇風機ではなくスイープファンですし、冷房装置の張り出しも抑えられています。またつり革ブラケットと蛍光灯は一直線に配置されていて、すっきりとした印象を与えます。
その他
運転台です。座席モケットが5000系のモケット、しかも消滅寸前の原型のモケットであったのに驚きました。
乗務員室の直後には、ローレル賞プレートのレプリカが現役時代と変わらず設置されています。ヘアライン仕上げのステンレス板の上に直に取り付けられているのが武骨でカッコイイです。
おわりに
『“座れる”保存車・デハ8530【17901MiniArticles】』はいかがでしたでしょうか。
ただいまお読みいただいているこの記事をもって、FreedomTrain(ふりとれ)にて2024年内に寄稿された記事がすべて公開されました。本年はFreedomTrainが開設された記念すべき年でもあり、多くの方のご協力もあって、初年としては上出来なくらいに注目を集めることとなりました。改めまして、読者の皆さまやご協力くださった皆さまに感謝申し上げます。
私としては、来年は本年よりもさらに飛躍する年になれますよう、ますます気合いを入れて記事作成に取り組む所存です。読者の皆さまにおかれましては、引き続きFreedomTrainをご愛顧賜りますよう、どうぞよろしくお願いいたします。
参考文献
鉄道ピクトリアル 72巻9号(通号1002) 2022年9月, 電気車研究会, 2022. https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000015654-i31123120
URL直貼にて失礼いたします
画像は全て筆者撮影
更新履歴
- 2024-12-31 記事公開
- 2025-01-01 軽微な修正
最後に(お願い)
記事に関するご質問、訂正のご依頼や苦情は、お気軽にコメント欄にお寄せくださいませ。筆者のTwitter(X)アカウントをメンションする形式でも受け付けております。
CCライセンス表示
“座れる”保存車・デハ8530【17901MiniArticles】 © 2024 by 17901 is licensed under CC BY-ND 4.0
この記事を書いた人
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はじめまして。17901と申します。ロングシートと通勤・近郊型電車が大好物です。
鉄道車両の内装(座席・照明・荷棚)をネタとし、車両の図面レベルまで分析を進めるような、ちょっとハイレベルな記事を書きたいなぁという願望があります。
☆17901が作成した記事の本文や画像は、URLを明記すること・改変を施さないことを条件にお問い合わせなしでご使用いただけます☆
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【果てしない沼】東急5000系列の座席は何種類あるの? https://freedomtrain.jp/17901_/2847/
筆者です。いつもご覧いただきありがとうございます。
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ローレル賞や車番のエンブレムは盗難に遭わないように注意したいですね。何なら外して複製品を貼っておくとかした方が良いのでは?
ドア開放時に作業者の転落を防止する黄色の柵は業者の忘れ物?
乗降ステップのついている扉以外からの出入り、またドア開放による不慮の事故を防ぐためのような気がします。
また、注意書き等もこの柵に括り付けられています。
(外から失礼しました。)