
こんばんは、今日もお疲れさまでした。
先日ついに引退が正式に発表されたJR東海の213系。JR東海の電車では最後の非VVVF車でした。
14編成しかいなかったこともあり、そこそこ影が薄かった?彼ら。今でこそ飯田線を走る日々ですが、当初は名古屋にも乗り入れていたんです。
残り1か月しか見られない彼らを、じっくりと観察していきましょう。
165系の交代要員

民営化後も関西線(名古屋エリア)で使用されていた165系。
元が急行型だった、ということもあり、2ドア片開き・車内オールボックス・デッキ完備という通勤通学を捌くには不向きな車でした。
そこで1989年に、165系の置き換え・関西線の混雑緩和・近鉄との競合に勝つことを目的として登場したのが今回の主役、213系5000番代です。国鉄時代、岡山地区に配属された0番代をベースに、当時量産中であった211系5000番代の機器を搭載した東海オリジナルとして14本が登場しました。トイレは未設置で登場。これが後に仇になります。編成番号は登場時から一貫して「H0編成」を名乗りました。
5000番代は0番代と異なり、「前面種別表示装置」の寸法が211系と同様のものに戻されたことが特徴的。岡山に配属された0番代は、415系1500番代と同様「既存の113系・115系と方向幕を共通化する」点から、縦幅が狭い113系・115系サイズのものが装備されました。しかし、5000番台では211系と同じ大きさに戻されていたのが特徴的。
また、0番代と異なり湘南色を纏い登場。身延線にも対応するために、低屋根で登場したのも特徴的でした。結局乗り入れなかったんですけどね。なお、中間車に当たるサハ213は製造されませんでした。
転々とした活躍場所

1989年に大垣車両区に投入された213系5000番代。当初は関西線で活躍していましたが、「近鉄に勝ることができなかった関西線では車掌を呼ぶコストがかかってしまうこと」、「213系ではトイレが設置されていなかったことから苦情が相次いだ」ということもあり、1999年にいきなりボックスシートの313系3000番代に置き換えられます。翌2000年からは、閑散時間帯のみ313系によるワンマン運転が開始されました。
2000年には大垣車両区から神領車両区に籍を移した213系。今度は関西線がサブ運用となり、中央西線に主な運用の場を移しました。しかし、やはり「トイレが設置されていなかったこと」「2ドアという特殊構造から使いにくかったこと」などが仇となり、基本的に213系単独での運用は少数でした。211系や313系との連結が基本でしたね。
しかし、いくら頑張っても使い勝手が悪かったのは事実。結局こっちも2010年頃から転換クロスシートの313系1300番代に置き換えられ、中央西線・関西線での運用は2012年をもって終了しました。
安住の地

関西線運用を追われ、関西線の繁忙時間帯と中央西線に逃げた彼ら。それでもまた追われ、彼らに安住の地はないと思われていました。しかし、彼らにも適した路線がありました。そう、飯田線です。
飯田線では当時、119系電車が活躍していました。JR東海最後の鋼製普通車ということもあり、はやく新車を投入させたかったJR東海。飯田線に213系を投入し、119系を置き換えるという行動に出ます。こうして、213系にとっては2回目の大垣生活がスタートしました。
これと同時に、中央西線には転換クロスシートの313系1300番代を追加導入。中央西線・関西線では同じく使いにくかったとされているボックスシートの313系3000番代も置き換えられ、大垣車両区に転属の上飯田線に投入することになりました。
飯田線に転属するにあたり、213系にはトイレ・半自動ドアの設置が行われました。改造を終えてしばらくは中央西線で活躍していた車両もあったようです。
現在では、飯田線の全区間に加え、乗り入れ先の「辰野支線・中央東線(辰野~岡谷~茅野)」でも見ることができます。JR東日本のきっぷで、213系に乗ることができるんです。
一方、現在では中央西線・関西線に315系が投入されたことにより神領を追われた313系1300番代によって置き換えられているのが現状。どこまでも313系に追われた、そんな形式でした。
実は存在する形態差

211系5000番代2次車と同時期に製造された213系5000番代。彼らにも、2つの形態がいました。
1次車

211系5000番代2次車と同時期に製造された1次車。H1編成からH10編成が相当します。基本的には211系5000番代2次車のそれと同じく、側面方向幕が細長いことなどが上げられます。見にくいんだよなあ…。
また、初期5本(H1~H5)は日車製造初期車のため、ライトケースが国鉄比率の5:5になっているのが特徴的。
そういえばこんなガングロケースもいましたね、一回は見てみたかったなあ。
H2編成に見られた特徴であり、2023年の名古屋工場入場(検査)で見られなくなってしまったようです。いまでは美しい姿を見ることができます。

結構ショック。
2次車

211系5000番代4次車と同時期に製造された2次車。神領に転出する少し前に増産された編成であり、H11編成からH14編成の4本が相当します。
211系6000番代と同じく、列番表示器が設置されていないこと、側面方向幕が従来の国鉄基準に戻っていることなどが特徴的。

ちなみに列番表示器、JR東海においても民営化直後は使用されていたようです。(211系に限った話ですが。)
結局数年で廃止されてしまいました。使用されていたことがわかる画像もごくわずかであり、もしかしたら車掌の気まぐれとかそういう感じだったのかもしれません。
実は213系にも3ドア車が存在するのをご存じでしょうか?厳密には211系なんですが、213系の思念をもって生まれた211系。211系6000番代と言います。
今後流鉄で走るようですね。
まとめ

E127系と同じく、「通勤通学で使われる急行型を置き換えるために登場した」213系。晩年は211系6000番代と部品が共通だったこともあり、211系側から部品を取っていたなどという逸話も存在するほどです。
そんな彼ですが、先ほども述べたように「313系1300番代」への置き換えが決定しています。
313系1300番代は神領B500編成から変更され、大垣R200編成と名を改めて活躍中。現在では「H編成+R200編成」という過渡期ならではの編成を見ることができます。
また、こちらも同じく1300番代に追われた「3000番代」も213系の代走に入ることがあります。「H編成+R100編成」というペアも存在しました。
いよいよ今年3月に定期運用から退く213系5000番代。「2ドア」という姿で生まれたがために、様々な線区をたらいまわしにされたかわいそうな車でした。
213系の引退をもって、JR東海が保有する非VVVF電車は消滅(定期運用から離脱)します。
…しかし、JR東海管内からは非VVVF車が消えることはないようです。そう、中央西線と飯田線に乗り入れる長野車の211系が存在するから。こちらもあと5年ほどで消える運命。にしても最後に残る非VVVF車が長野211系って誰が想像したよ。
213系も引退かあ。もうすぐ春ですね。新しい飯田線、どんな姿になるんでしょう。楽しみだなあ…。
- 晩年眠いので記事の信憑性はないかも(適当)
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