【2年間の”幻”】地下鉄1号線 博多仮駅の面影を探る

ご無沙汰してます。ふぺです。

福岡市地下鉄の地下鉄空港線にある博多駅。九州一のターミナル駅ということもあり、福岡市地下鉄の中でもトップクラスの利用者数を誇っていますが、実は開業した当初は今の博多駅とは違う場所に博多駅が存在していたのです。

今回はそんな2年間だけ存在した幻の駅、博多仮駅の面影について追っていきます。

スポンサーリンク

博多仮駅とは

博多仮駅とは1983年3月22日に地下鉄1号線(現:空港線)の中洲川端〜博多開通に合わせて開業した仮駅です。

1982年4月20日に天神駅〜中洲川端駅が開業。そして翌年である1983年には室見駅〜姪浜駅と中洲川端駅〜博多駅が開業する予定でした。しかし当時の博多駅は山陽新幹線や国鉄鹿児島本線の影響で工事の進捗が遅れ、博多駅の開業を予定通りに間に合わせることは難しくなっていました。

そこで祇園駅〜博多駅の間に150mの仮ホームを設置し、本来の博多駅が完成するまでの「繋ぎ」として、1985年3月3日の博多駅開業まで使用されていたのが、この「博多仮駅」だったのです。

スポンサーリンク

ナゾの広い通路と博多仮駅

では、実際に博多仮駅の様子を見に行ってみましょう。

地下鉄博多駅の博多改札口を出まして、博多駅地下街に入り2つ目の分かれ道で曲がると、祇園連絡通路に入ります。この祇園連絡通路のこの場所(上記の写真)が、かつて博多仮駅があった場所になります。

博多駅地下街がお洒落で人通りも多かったのに対し、この祇園連絡通路で雰囲気がガラッと変わり、異質な空気を放っています。この祇園連絡通路の博多駅側にあるのが、かつて博多仮駅の改札があった場所になります。

さて、まず上記の写真中央を見ていただくと、連立している茶色の柱が途中で途切れていることがお分かり頂けるかと思います。一部が自転車置き場に干渉していますが、この柱の部分がかつて博多仮駅の改札口があった場所になります。

福岡市交通局の公式Xが提示している画像をよく見ると、当時の博多仮駅改札口ににもこの茶色の柱があることがお分かり頂けるかと思います。博多仮駅廃止から40年近く経過したこともあり当時から大きく雰囲気も変わっていますが、この茶色の柱は姿を変えることなく、この博多仮駅の移り変わりを見守ってきたのです。

またこの祇園連絡通路の半分を占領している駐輪場も所々で不自然に形が変わっている部分があることからも、当時は駅事務室やきっぷ売場などが配置されていたことが分かります。

またしばらく進むと地下鉄祇園駅の文字が。そう、実はこの通路は祇園駅と繋がっているのです。実はこの博多仮駅が博多駅開業の影響で廃止された際に「なんとかこのスペースを有効活用できないか」となった結果、博多駅から祇園駅を結ぶ連絡通路として整備され、日々多くの人が通行するようになったのです。

さらに進むと分電盤室へ繋がる扉が。スルーしようかと思いきや「ゴォォォ」と壁の向こうから地下鉄車両が走る音が聞こえました。この祇園連絡通路は博多仮駅の場所に近いことから、当然地下鉄もすぐ近くを走るためよく音が聞こえます。

今でも残るかつての階段のあと

またこの博多仮駅に関連するのがこの「A階段」。A階段は地下鉄空港線博多駅ホームの祇園側の端に設置されており、地下鉄七隈線へ繋がる連絡通路も隣接しています。

この上記のポストの4枚目の写真をよく見ていただくと、怪しげな階段らしき跡と壁に「A」と記されているのがお分かり頂けると思います。

そう、この「A」と記された謎の壁と階段跡はかつて博多仮駅で使用されていたものだったのです。

博多仮駅にはかつて「A階段」と「B階段」の2つの階段がありましたが、博多駅の開業で博多仮駅が廃止されると、この2つの階段は博多駅に移設。博多仮駅にあった階段はホームや改札などと共に姿を消しましたが、A階段の表記やB階段の階段跡は今でも残っているのです。

まとめ

いかがだったでしょうか?

もうひとつの博多駅、たった2年間しか存在しなかったことに加え開業が40年以上前である点からも知る人はほぼいないと思われます。また数年前の七隈線博多駅延伸の工事の際には、周辺の地盤が脆すぎるあまりに陥没事故が発生してしまった点からも昔から博多駅周辺の地盤に苦労してきたことが伺えますね。

この記事を書いた人
ふぺ
ふぺ
よく奇行に走ります
icon @Bashamichi_mm04

コメント  ご意見やご感想等お気軽にどうぞ。

タイトルとURLをコピーしました