「駅メロ」は新時代へ。発車メロディの出現と淘汰

首都圏の電車に乗ったとき、駅で流れる発車メロディが変わっていることに気付いた方も多いのではないでしょうか。次々に発車メロディが変わっており、日中にメロディを変えたという例も少なくありません。

駅の放送やメロディなどを紹介するシリーズ「駅の音色」第二弾は首都圏で広がりをみせる「新しい発車メロディ」について特集します。

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突然始まった「発車メロディの変更」

新しい発車メロディとは──

2024年10月、横浜駅で始発から発車メロディが変更されました。しばしば、発車メロディは変えられることもありますが、多くは地域にゆかりのある曲などのいわゆる〝ご当地メロディ〟に変わるというもの。横浜駅に導入された新しいメロディは、そのようなご当地メロディでもなければ、過去に別の駅で使用された例もない全くの新曲だったのです。

発車メロディなどを録音したり鑑賞するファンの間では、このような複数駅で採用される一般的なメロディは「汎用メロディ」とよばれています。ほとんどの駅は「ご当地メロディ」か「汎用メロディ」のどちらかが使用されているため、これらふたつは対義語のような関係です。今回の新しい発車メロディは、JR東日本管内の複数駅で使用することを想定した汎用メロディの一種です。

新しい発車メロディの名称について

さて、この新しい発車メロディですが横浜駅での変更後、鉄道ファンの間では様々な呼ばれ方をしたため、一つの曲に対して呼び方が何種類もある、というのが現状です。そもそも発車メロディの呼び方で最もメジャーなのは「曲名」で呼ぶこと。「せせらぎ」「春」「高原」など正式にメロディの曲名が存在する場合はその名前で呼ばれるのが一般的ですが、曲名がないものや曲名不明な場合は、その呼び名がバラバラになりがちです。

ひとつは、初期から発車メロディの使用について記録しているサイトでの呼称を用いるものです。「東日本地域○○番」「近郊地域○○番」などの呼称がそれにあたります。この呼び方では、新しい発車メロディは「首都圏○○番」と呼称しています。

しばらくはこの呼び方が浸透していましたが、JR東日本千葉信号通信設備技術センターが主催した発車メロディイベントにて、首都圏で広がりつつある新発車メロディの管理番号、つまり社内での呼称が「JRE-IKST-○○-XX」となっていることが判明しました。その後、JR東日本特別協力の元制作されたNetflix作品「新幹線大爆破」で新宿駅が映るシーンで新しい発車メロディが使われ、クレジット欄に「劇中曲 新宿駅1番線発車メロディ:JRE-IKST-006-01 Ⓒ2024 東日本旅客鉄道株式会社」との記載があったことから、新しい発車メロディの権利はJR東日本が所有していることも判明しました。

呼称について、「首都圏○○番」呼びと「JRE-IKST-○○」呼びで番号がバラバラになっており、非常に分かりにくいところですが、ここでは以降、「JRE-IKSTメロディ」として呼称することにします。

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JRE-IKSTメロディの全貌

JRE-IKSTメロディは横浜駅での導入を皮切りに、新宿、東京と主要駅を次々と新しいメロディで塗り替え、間々田や土呂などの駅までも次々と塗り替えていきました。

JRE-IKSTメロディの〝原則〟

「JRE-IKST-」は厳密には曲名ではなく、あくまで社内での管理名称となっています。実際のところは、曲名にあたるものがなく、管理名称を付けているだけなのでしょう。IKST-に続く番号が〝曲名〟にあたるところです。加えて、この001から021までの番号の後にそれぞれの曲のバージョンを区別する枝番がつくことになります。

さて、JRE-IKSTメロディはこれまでの汎用メロディとは違って、1路線で1曲のメロディに統一する形となっています。これがこのメロディが議論される所以でもありますが、路線ごとにメロディを統一し、上下線で音色違いの同じ曲を採用する、というのがJRE-IKSTメロディの原則です。

2025年6月現在、JRE-IKSTメロディは全部で21曲存在しており、いずれかの駅で全てのメロディが使用されています。そのうちの半分以上は、採用の傾向からその曲が割り当てられた路線が推測できるものです。JR東日本はあくまでも設備の更新に伴う発車メロディの変更、としていますが、川越線や伊東線など全駅が同じ曲に統一されている例をみると、1路線1メロディの方針で変更を進めていることは明白です。

上の表は2025年6月時点でのJRE-IKSTメロディの使用状況です。014番については、採用駅が少ないため変更された駅や他曲の導入傾向をみて推測されるもので、確定とまでは判断できないため、クエスチョンを付けています。なお、009番については大宮駅で採用され、「高崎線用」という説があがっていますが、大宮駅の誤乗防止で021番を採用できなかったということも考えられ、高崎線と確定はできません。

路線ごとに決められたJRE-IKSTメロディ

先述のとおり、JRE-IKSTメロディのどの曲を採用するかは路線ごとに決められています。一般的に、汎用発車メロディの選曲は駅管理者が放送機器メーカーとの協議で決めることが多いとされています。しかし、一連のJRE-IKSTメロディ変更では、複数の駅が連鎖的に変更されているという点や路線でのメロディ統一という点から、支社単位から変更に関する通達を各駅に出しているだけで、各駅は指示に従って変更している可能性が高いと思われます。

駅によっては1路線でも3本や4本線路がある場合もあります。つまり、本線とは別に副本線や中線がある駅です。その駅では、本線のホームに路線で決められたメロディを採用し、副本線には必ずしも路線ごとのメロディを入れるわけではなく、JRE-IKSTメロディのなかからフリーな選曲となっています。しかし、この副本線のメロディについても駅管理者がランダムに選んでいるわけではないようです。

直通運転が一般的な路線、たとえば横須賀線と総武快速線や東北線と東海道線などでは通して1曲を使用する傾向となっています。そのため非常に長い区間にわたって同じ曲が流れる〝洗脳曲〟状態になっていることは否めません。

JRE-IKSTメロディの評判

JR東日本は発車メロディの変更については放送機器の更新に伴うものとしており、コスト削減などの背景があったわけではなく、また、JRE-IKSTメロディについては著名な作曲家の監修のもと制作したものとしています。

当初よりIKSTメロディの評判は芳しくなく、一部では生成AIを使って制作されたメロディではないかという意見もありましたが、これを否定するものになりました。しかし、なおもJRE-IKSTメロディに対する否定的な意見は根強いものになっています。従来の発車メロディを次々と置き換え、1路線すべて同じ曲になったという点で否定的な意見を集めやすいとはいえ、楽曲そのものを批判する意見も多くあります。

発車メロディのファン以外の利用客からも、「すべての駅が同じ曲になって分かりずらくなった」「耳当たりが悪い」など突然の変更で困惑する意見も見受けられます。

メロディ変更の歴史

当然、メロディを変えるためには作業の人件費もかかり、作曲のコストもかかります。なぜ予算を削ってまで発車メロディを変えるのでしょうか。JR東日本が過去にメロディを変えた例を振り返りながらその理由を探ります。

元祖・駅メロ YAMAHA製メロディ

発車メロディが首都圏で初めて採用されたのは新宿駅でした。ピアノやハープの音色、自然環境の音を取り入れたメロディは、旧来の無機質なベルから一転、発車を知らせるものであると同時に、通勤等で疲弊する利用者に安らぎを与えるようなものでした。メロディの制作にあたっては、発車予告であることは大前提に、ターミナル駅ゆえに隣り合うホームで同時に流れても耳障りな不協和音とならないように配慮するなど、駅という特殊な音環境にも配慮されたものでした。

この発車メロディを制作したのは楽器で知られるYAMAHA。首都圏初の発車メロディは約10年ほど、利用者に愛されながら発車を知らせ続けましたが、メロディに関わる放送装置からスピーカーまでが全て一体化したものだったことから、老朽化を機に新宿駅の発車メロディとしてはその役目を終えたのでした。

宗次郎メロディ

オカリナ奏者として知られる宗次郎氏のメロディもまた、首都圏の発車メロディとなっていた時期がありました。YAMAHAメロディといい、この宗次郎メロディといい、JR東日本の発車メロディ黎明期は「ヒーリング」を重視していたようです。宗次郎氏の曲「清流」「こころ」「四季~愛しき子供達へ~」「雲を友として」の4曲が発車メロディ用に編曲されて使用されていました。このうち、「清流」と「雲を友として」は特に多くの駅で使用されており、宗次郎メロディは60駅に迫る勢いで使用されていました。

ヒーリング、をねらって採用されたものでしたが、もともと原曲は発車メロディ用につくられたものではなく、編曲もイントロを使用したなどもあってか、利用客からは「鬱な気分になる」「悲しい」などとあまり評判は芳しくなく…

2005年に入ると著作権の都合から、首都圏の使用駅で一斉変更。この騒動は「0503事件」と呼ばれています。

永楽電気系メロディ

これまたかなり前から使用されている発車メロディのひとつです。「牧場の朝」「アマリリス」など、童謡などの曲をオルゴール調、オルガン調に編曲したメロディというのが特徴です。これらのメロディは永楽電気製の放送装置に付随することが多かったため、「永楽メロディ」「永楽音源」と呼ばれていました。ただ、実際にはNationalの関連会社が業務用音源として制作したものだとされています。

そのため、このメロディも「発車メロディ向け」として制作されていたわけではなく、曲の長さが非常に長いものが多いのです。これを無理やり、といってはなんですが、発車メロディとして使えるようにテンポを早めて曲の長さを短縮したり、一部をカットしたり…とバリエーション豊富なメロディでした。

発車メロディとして特に問題が生じたわけではありませんが、放送機器の更新や発車メロディのご当地化、さらにはワンマン化に伴い駅側でメロディが扱えなくなるなどで、徐々に数を減らし、発車メロディとしての使用は東北線の白岡、新白岡、久喜の3駅のみになっています。

なぜIKSTは従来の曲を置き換えているのか

と、ここまで過去のメロディ変更事例をみてきましたが、どれも「JRE-IKSTメロディ」が置き換えるこの一連の騒動にはあてはまらないものばかり。なぜなら、JRE-IKSTメロディが置き換えるメロディは多種多様で、限定的ではないからです。JRE-IKSTが置き換えたメロディは制作元もバラバラ、放送装置メーカーもバラバラ、ご当地メロディも置き換えられた例もあるなど、いってみれば見境なく置き換えているようです。

ここからは、個人の推測の域を出ませんが、当初は東洋メディア・リンクス、櫻井音楽工房のメロディが置き換えられるケースが多いものの、いずれの曲も使用駅が多いため置き換えられた曲がそれらのメロディであるのが多い、というのは必然的なことです。

このことを考えれば、なぜ次々と発車メロディが変えられているのかという問いに対する答えは「路線で統一している」という事実にヒントがあるような気がします。

ワンマン化に見据えた動き?

発車メロディの予後

首都圏では現在、列車のワンマン化が進んでいます。ひと昔前はワンマン化といえば地方のローカル線で行うのみ、首都圏では運転士と車掌が乗るというのは当然のものでした。ところが今は、南武線や常磐緩行線など、首都圏の長編成路線でもワンマン化を行っています。

ワンマン運転がはじまると、発車メロディを扱う車掌がいなくなり、発車メロディを鳴らすことが出来ません。ワンマン化した路線では、駅側ではなく車両側のスピーカーから運転士の操作により車両に搭載したメロディを発車メロディとして流しています。

常磐線(土浦以北)のワンマン列車では各駅の「ご当地メロディ」まで車両に搭載しているため、各駅で違うメロディを流せますが、これは特殊な例。一般的な首都圏のワンマン列車は「Water Crown」「Gota del Vient」だけが搭載されるようになっています。

今後、首都圏でワンマン運転が浸透していけば、駅で発車メロディを流す機会は減っていき、車両のスピーカーで流すことが増えていくと考えられます。このJRE-IKSTメロディは将来的に各路線の車両に搭載するのではないでしょうか。いずれの曲も従来のメロディよりも短めに作られており、車両側から流す発車メロディとしては適しています。

JR東日本は〝駅メロ〟に懐疑的?

JR東日本ではかつてより「発車メロディと駆け込み乗車の関係」について調査を進めており、一部の駅で期間限定で発車メロディの使用を停止するなどして、どれほど駆け込み乗車の抑制に効果があるかを実験しました。

駅のスピーカーから流れる発車メロディはその音量の大きさから、改札やコンコースまでメロディが聞こえ、駆け込み乗車を誘発しうると考えられています。改札で発車メロディが鳴っているのが聞こえて、急いで乗り込むという行為は、誰もが一回は経験したことがあるのではないでしょうか。

一部駅での実証実験を経て、駅からの発車メロディの使用停止は駆け込み乗車抑制に一定の効果が見られると判断され、実際に2019年に常磐緩行線で発車メロディの駅側扱いが中止となりました。2025年に常磐緩行線はワンマン化したことで、結局常磐緩行線の「駅メロ」は2019年以降使われることはありませんでした。

このことからも、JR東日本は発車メロディの効果や役割について懐疑的な考えを持っているのではないかと考えられます。新しいJRE-IKSTメロディも「同時に鳴ると不協和音」「聞き取りづらい」と批判的な意見を集めていますが、いずれ駅でも使う機会が減り、駆け込み乗車を促進しうる発車メロディに、コストを引き換えに音楽性を求めるか、というところはかなり難しいところです。

JRE-IKSTメロディの今後

批判の声も多いJRE-IKSTメロディですが、置き換わりのスピードは非常に早く、既に500ホーム以上に導入されています。首都圏がJRE-IKSTメロディで埋め尽くされる日もそう遠くない気がします。

使用駅が増えるにつれ、放送装置の都合による音程・テンポ違いや、複数のホームに使用するための音色違いバージョンなど汎用メロディらしさが出てきたJRE-IKSTメロディもまた面白い発車メロディのひとつです。

まだJRE-IKSTメロディ手が及んでいない駅で、従来のメロディに耳を澄ませてみてはいかがでしょうか。

この記事を書いた人
とうほくらいん
とうほくらいん東北本線を愛する大学生
もうすぐ20代だってよ。

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