「まもなく、2番線に、普通 上野行が、まいります。」「2番線、ドアーが閉まります。ご注意ください。」
首都圏にお住まいの方なら、文面だけで脳内に音声が流れてくるのではないでしょうか。このような駅放送や発車メロディーはどのような仕組みで鳴動しているのでしょうか。今回は「首都圏の駅放送」に焦点をあて、メジャーな ATOS 連動放送や時々話題となる「自放」まで解説します。
ATOS 連動放送
まずは首都圏駅放送の王道、ATOS 連動放送です。特徴的な接近チャイムは誰もが一度は聞いたことがあるはず。
この ATOS連動放送、広く「ATOS」と略して呼ばれることでこの放送自体そのものを 「ATOS」だと勘違いしている人も一定数いるようです。しかしながら、ATOS というのは運行管理システムの略称であり、このシステムを利用した放送であることから、「ATOS 連動放送」という名称が付けられているのです。
では、そもそも「ATOS」とはどんなものなのでしょうか。まずはこのシステムについて解説します。
ATOSアトス(東京圏輸送管理システム)
ATOS 導入までの経緯
ATOS : Autonomous decentralized Transport Operation control System(=東京圏輸送管理システム)は JR東日本の首都圏 24 線区 に導入している列車情報管理システムです。ATOS の直訳は自律分散輸送制御システムとなり、このシステムがどのようなものなのか、名称からも大雑把には汲み取れるでしょう。
ATOS の歴史は意外と古く、1996 年に中央線で導入されてから今年で 28 年を迎えます。関東地方では群馬県を除く1都5県に波及しています(一部管理外の駅もある)。首都圏各線は列車数が極めて多く、ダイヤ乱れも頻発することから、中央集約型の輸送管理システムの開発は難しく、民営化後も首都圏過密路線ではポイントを駅で操作する「駅梃子扱い」が旧態依然として主流となっていました。
この状態では、ダイヤ乱れ時も手動で列車を扱うことになり、ダイヤを戻すのに時間が掛かり、さらには走行中の列車の情報を管理することも難しく、大きな課題でした。
これに先駆けて比較的開業の遅かった埼京線や京葉線、武蔵野線ではこの線路操作を自動で行う自動進路制御装置( PRC )が採用されていましたが、これも信号制御システムに過ぎず、旅客案内能力や情報処理能力はそこまで高いわけでなく、あと一歩といったところでした。なお、この PRC は後述します。
この PRC に対して ATOS のポイントは完全な中央集約型ではなく、核となる制御は駅装置で行う形とした点です。このため、PRC では対応できなかったターミナル駅での導入を実現しました。
ATOS 連動の仕組み
ATOS は大きく分けて3つで構成されており、「共通中央装置」「線区別中央装置」「駅(別)装置」に分かれています。このなかで「駅放送」に密接に関与するのは「駅別装置」となります。
※上図では複雑な仕組みを極めて簡略化して描いていますので、実情とは一部異なるところがあります。
列車の走行位置や種別、行先等の情報は全て駅別装置の ATOS で処理されます。この情報は発車標等の旅客案内装置に利用されています。時刻や行先、両数や停車駅など、列車の情報案内ができるようになった点は ATOS の最大の特徴といえるでしょう。
本題の「ATOS 連動放送」についてみてみましょう。連動、といっても駅の ATOS 装置が直接スピーカーに繋がっているわけではありません。駅放送を担うのは「自動放送装置」とよばれるものになっています。駅別 ATOS には田端にある東京総合指令室(無線では「東鉄指令」)から輸送障害の情報が送られており、発車標に反映したり、連動放送では「この列車は/電車は、ただいま、約、(遅れ分数)遅れとなっております。」という自動放送を流せるようになっています。
ATOS 連動放送では、回送列車や貨物列車、試運転列車等にも対応しており、通過の場合には「まもなく、 番線を、列車が通過いたします」といった放送ができるほか、臨時列車などが停車する際には、「列車がまいります。」という放送、発車標にはJRのロゴマークが連動して表示するようになっています。列車番号が「E」などの電車ダイヤで運転する列車の場合は「電車がまいります。」という表記や放送が連動し、列車ダイヤで運行する列車や臨時列車、貨物列車、不明な列車の場合は「列車がまいります。」という表記や放送が連動するようになっています。
ATOS 連動放送はこのような仕組みになっています。
PRC放送
先ほど紹介した PRC (自動進路制御装置)は首都圏における CTC の先駆け的存在として埼京線や武蔵野線、京葉線に導入されました。実は PRC は武蔵野線や京葉線の駅放送に利用されていた経緯があり、「京葉 PRC」「武蔵野 PRC 」といった放送型として知られています。特に京葉線は ATOS 導入が遅く、約 10 年ほど前までこの PRC を利用した放送を採用していました。
PRC はこれまで手動で行っていた駅ごとによるポイント操作を自動で行うなど、信号システムとして飛躍的な進化を遂げたものでした 。武蔵野線や京葉線ではこの PRC を自動放送に応用させていました。PRC 放送では「まもなく 番線に(行先)行、(種別)が到着します。黄色い線までさがってお待ちください。」といった文面で放送されていました。行先→種別で放送する点が特徴的でした。ATOS 導入が最も遅かった京葉線では、非常に多数の乗降客数を誇る舞浜駅でさえも、PRC 放送が使用され続けていました。
ところが、PRCは旅客案内用ではなくあくまで信号システムであったため、ATOS ほどに列車情報をもっておらず、発車標などは駅ごとの PC による単独制御を行っていたため、遅延時に現在のような「遅れ分数表示」を行うこともできず、さらには案内自体を放棄して「調整中」で乗り切ることもしばしばでした。
所詮は信号システムを利用しただけの「PRC放送」には時刻案内の機能がなく、利用客にとっては旅客案内という点でさらに飛躍的な進化を遂げた ATOS 連動放送のほうがありがたいことは明白でした。
「自放」とは
いよいよ本題、「自放」について。
ATOS 導入駅にもかかわらず、ATOS 連動放送でないものが流れる…といったことが時々起こります。接近チャイムがまるで違うので簡単に気づくことができます。さらには放送声優も違い、聞こえ方も違っています。ATOS 連動放送の場合は放送を向山佳比子氏、田中一永氏、津田英治氏が担当しています。
このような放送を「自動放送装置内蔵音源」といい、略して「自放」と呼ばれています。
「自放」の仕組み
ATOS 駅別装置の故障、自動放送装置の更新や大幅な輸送障害時など、何らかの理由で ATOSとの連動を切ることがあります(この連動/非連動は駅側で選択できるようになっています)。
自動放送装置には定型化された簡易的な接近放送や発車放送が内蔵されており、ATOS 連動を切った際にはこの内蔵音源が放送されることになります。駅側の ATOS が故障した際には、上図からも分かるとおり、発車標等の旅客案内装置も停止し「調整中」を表示することになります。したがって、自放放送時に発車標が正常に稼働している場合には放送装置更新など、意図的に ATOS 連動を切っていることが推測できます。
自放は旧放送ではない
この「自放」に関して誤解が多いのは「自放は旧放送」であるというものです。しかしながら、自放は必ずしも旧放送というわけではありません。自放音源は自動放送装置のメーカーや機種によって異なり、単なる内蔵音源を流しているに過ぎないため、昔流れていた放送を代わりに流しているという訳ではありません。
「必ずしも旧音源ではない」という表現のとおり、自放音源が旧音源であることもありますが当てはまらない駅も多いため、「自放=旧放送」と考えるべきではないでしょう。
ここ最近で自放音源に一時的に切り替わった駅に上野駅があります。上野駅電車ホームの自動放送装置内蔵の音源は通称「仙石型」と呼ばれるものです。上野駅で一時的に切り替わった際には大きな話題となりました。都合上、密着での収録はできませんでしたが音風景として記録したものがこちらです。
なかなか首都圏では聞くことのない4点チャイムに、若干音の割れた放送。おまけに発車ベルの要素も加わって、まるで異世界のような上野駅でした。一般の利用客も、放送の違いはすぐに気が付いたようで、しきりに行先を発車標で確認する姿が目立ちました。
自放の種類
ひとくちに「自放」といっても、その種類は多岐にわたります。自動放送装置のメーカーも複数が存在し、導入時期によっても若干の差異があります。最後に、ここでは代表的な「自放音源」を紹介しましょう。
仙石型放送
- 2000年の仙石線あおば通延伸開業時に初めて導入されたことに由来
- Panasonic製自動放送装置
- 男声:山田吉輝氏 女声:戸谷美惠子氏
ATOS導入期に導入された駅も多く、かつては多くの駅で使用されていた装置でした。そのため、仙石型自放も多くの駅で流れた記録がありますが、現在は別の放送装置への更新で数を減らしています。なお、先述のとおり上野駅など一部の駅では現存しています。
巌根館山型放送
- 仙石型の後継的存在で2008年に巌根駅で初めて導入されたことに由来
- Panasonic製自動放送装置
- 放送声優不明
仙石型やカンノ製放送を置き換える形で導入された放送装置に内蔵されています。2008年に巌根駅で初めて導入されたため、当初は「巌根型」として通称されていました。2012年には巌根型とは女声の放送声優が違う放送が館山駅で採用され、これを「館山型」として通称していました。のちに、2駅の放送型は同一のものであると判明し、現在では「巌根館山型」と呼ぶこともあります。
ユニペックス型放送
- 1990年代に導入された放送装置に内蔵
- ユニペックス製であることに由来
- 放送声優不明
音響機器メーカー「UNI-PEX」製の放送装置であることに由来しています。明確な導入年は不明ですが、ATOSが導入される前の90年代モノです。ユニペックス型放送はここ最近では品川駅が自放に切り替わった際に、独特の接近チャイムとユニペックス音源が流れたことで大きな話題となりました。また、自放以外にも北千住駅2番線の下り列車のみ、発車時の戸閉放送がユニペックス型放送として現存しています。2018年までは中央緩行線の水道橋駅で早朝深夜帯のみユニペックス型自放に意図的に切り替えていました。
永楽型放送
- 永楽電気製放送装置に由来
- 男声:片山光男氏 女声:蟇田充子氏
駅放送装置の解説として外せないのが永楽電気。永楽と聞くと発車メロディとしての知名度が高いかもしれませんが、放送装置としても非常に多くの駅に採用されたのがこの永楽型です。
国鉄時代から導入されている放送装置のため、国鉄時代の放送型と、JR初期のものなど、永楽型だけでも多彩なバリエーションがあります。永楽電気については別の機会にメロディも含めて紹介します。
おわりに
駅放送が無かったら、どうなってしまうのでしょうか。次にくる電車が何時発でどこ行きなのか、案内されることはありません。電車が何分遅れているのかもわかりません。いかに駅において放送が大切なのかが分かります。
駅の自動放送が流れるようになったのは国鉄晩年から、本格的に案内ができるようになったのはATOS連動放送が導入されてからのことです。それまでの技術革新には目覚ましいものがありました。仕組みは簡単そうで実に複雑、いろいろと調べるうちに面白さに引き込まれていくのが「駅放送」です。
これを読んで下さった皆さん、今度電車に乗るときには耳のイヤホンを外して「駅の音風景」に浸ってみませんか?
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