さいたま市大宮区の大宮駅と北足立郡伊奈町の内宿駅を結ぶ新交通システム「ニューシャトル(埼玉新都市交通伊奈線)」。ニューシャトルという名前から新しいイメージがあるかもしれませんが、開業は1983年、開業から40年以上が経っており、全国の新交通システムのなかでもかなり歴史のある路線です。全区間上越新幹線に並走する形で軌道が設置されていますが、沿線の至る箇所に、建設の苦悩などの歴史が隠されているのです。
ニューシャトルとは
開業まで
埼玉新都市交通伊奈線:ニューシャトルは、大宮駅から内宿駅を結ぶ全長12.7kmの新交通システムです。路線誕生のきっかけとなったのが東北・上越新幹線建設反対運動でした。当時は騒音問題や、現・丸山駅付近の新幹線分岐による伊奈町内の分断などに住民が強い抵抗を示していました。住民との交渉を経て、新幹線を建設する代わりに新たな交通手段を建設することが決まると、大宮以南に通勤新線(埼京線)、大宮以北の伊奈町域に新交通システムを開業させました。
稀な運行形態
ニューシャトルは新交通システムではあるものの、開業が80年代であったこともあり、自動列車運転装置:ATOを現在まで搭載しておらず、乗務員による手動ワンマン運転を行っています。ニューシャトルの大宮ー丸山間は複線、伊奈中央ー内宿間は単線方式となっており、複線区間の終点である大宮駅では用地の問題から1線しか建設できず、折り返し設備がないためループ線となっています。一方で単線区間の終点である内宿駅や車庫のある丸山駅では通常の折り返しを行っています。そのため、往復毎に編成が方転するのが全国的にも稀といえるでしょう。
羽貫~内宿間の「シェルター」
ニューシャトルの羽貫~内宿駅間、閑静な住宅街を貫く高架上に全長20mの「シェルター」が設置されていることをご存じでしょうか。実際に乗車していると、何もない場所に突然現れるシェルターが非常に印象的です。
上空に障害物があるわけでもなく、特に危険な区間、というわけでもありません。それにも関わらず、わずか20mのこの物々しいシェルターを設置したのには、経緯がありました。それは「伊奈線建設反対運動」です。
機動隊も出動した壮絶な反対運動
新幹線建設反対運動から計画が生まれたニューシャトル。しかし、そのニューシャトルの建設にも反対運動が起こってしまいました。これは伊奈町全体、というよりも建設予定地の地権者による反対運動でした。
1983年に開業した際の区間は大宮ー羽貫間で暫定開業という形でした。そこから一駅分、内宿駅まで全通したのは1990年であり、羽貫ー内宿間の開業に7年間を要しています。このシェルターがあるのも羽貫ー内宿間ですから、この区間の開業にはひと悶着あったことが容易に想像できるでしょう。
この羽貫ー内宿間では土地の地権者2名との交渉に時間を要し、1名とは用地買収に関する交渉が成立しましたが、最終的にもう1名とは交渉が決裂、強制的な用地買収を断固拒否する姿勢となってしまいました。しかしこの問題はさらに状況が悪化、その原因となったのは成田空港闘争活動員の介入でした。ニューシャトルが開業した1980年代は未だ成田空港闘争の活動がくすぶっており、ここ伊奈で用地買収の反対運動が起こっていることを知った活動家が地権者支援の立場で反対運動に介入、解決は絶望的な状況となってしまいました。
暫定開業から7年後の1990年、遂に埼玉県が土地収用法に基づく行政代執行に踏み切りました。これで一件落着…と思いきや反対運動はまだ続きます。地権者と活動家は行政代執行に強く反発、新幹線高架脇に団結小屋を建築して立てこもりを実行したのです。
埼玉県警は機動隊を投入、地権者と活動家は公務執行妨害罪で検挙され、この土地の空中権を収用し反対運動は鎮圧されました。空中権は埼玉新都市交通にあることを示すため、この区間に金属製のシェルターが設置されました。
シェルターのある高架下には30年前に地権者と成田空港闘争活動家が立てこもった「団結小屋」が現在も撤去されることなく残っています。「団結小屋」は反対運動が全国で起こっていた時代にはよく建築されていましたが、反対運動が鎮圧化と同時に撤去されるのが一般的でした。ところが、このニューシャトル用地売買反対運動では空中権を巡った争いだったため、現在もなお土地自体は鉄道会社側に収用されていません。上越新幹線の高架下はジェイアールの所有となりますがこの団結小屋は私有地内と推定され、今も撤去されていないものと思われます。
「ニューシャトル 建設・空中権■■収用 断固反対」
大きく筆で書かれた「断固反対」の文字が当時の反対運動の壮絶さを物語っています。現在はこの直上を何事もなかったかのようにニューシャトルが往復しているので、この空間だけが取り残されたような雰囲気に包まれています。
未成の新幹線を避けるニューシャトル
東北ー上越新幹線接続線
大宮駅から下りの新幹線に乗ると、ニューシャトル丸山駅付近まで東北新幹線と上越新幹線は並走します。しかし、大宮駅を出てすぐの分岐器を越えてしまえば、両線は転線できません。この構造は現在のところ特段大きな問題を起こすことはありません。。なぜなら東北→上越あるいは上越→東北の転線は大宮を出たところのポイントで普通にできるからです。しかし、この構造ではできないことがあります。それは転線を必要とする列車が同発すること。
大宮駅はそれぞれのホームが上越方面、東北方面を分けて列車を捌いています。ところが、上越新幹線のホームに東北新幹線が入ることも少なくありません。その逆も然り、この場合にはこの分岐器を使って転線しています。
新幹線はまだ延伸する計画があります。東北・北海道新幹線の札幌延伸、北陸新幹線の新大阪延伸など、両新幹線の運転本数は増加していくことが予想されます。さらに、さいたま市議会にて大宮発着とする新幹線の設定について議論されるなど、遠くない将来、新幹線の運行形態は大きく変貌するかもしれません。そうなると、線路容量が逼迫し、大宮駅を同発させるほどのダイヤ設定をする必要性が生じてきます。そうなると、同発における転線が大宮駅から離れた場所でできないのは重大な欠陥になり得ます。ここで計画されているのが…
東北新幹線ー上越新幹線接続線
配線に難があり、同時発車や大宮発着列車の設定が難しい大宮駅ですが、上越新幹線建設の際に大宮駅北側で上越新幹線と東北新幹線を接続させる線路を立体交差させる計画がありました。この計画は凍結されてしまい、実現しないまま上越新幹線は開通、今に至っています。先に計画案の一部をイメージ化します。
この計画の存在を勘案してニューシャトルは建設されており、随所にそれが説明できるところが見当たります。上の図をイメージしながらその痕跡を辿ってみましょう。
吉野原駅付近 接続線敷設準備スペース
上の図で上越新幹線の線路がせり出している区間があります。実際にはせり出しているわけではなく、隣の線路との間に線路1本分のスペースがあることを意味しています。このスペースこそ、接続線が分岐してゆくために準備しておいた空間なのです。この準備スペースは今羽駅付近から原市駅付近まで続いています。
このスペースに敷設されるはずであった接続線は、東北新幹線の上下線と上越新幹線の上り線の上をかすめ立体交差します。交差した接続線は上越新幹線上り線の脇に合流して丸山駅まで並走する形をとります。実際に現在の上越新幹線上り線はこの付近まで、他よりも高い高架になっています。(最大の要因はこの先の両新幹線分岐で東北新幹線を跨ぐためにある程度の高さを確保しているためと思われます。)
ここで、重要なことを忘れてはいませんか?そう、上越新幹線上り線と並走しているのは接続線ではなくニューシャトルの上り線なのです。
ニューシャトル上り線は架け替えを想定している
いざ接続線を敷設するとなったときに、ニューシャトルは架け替えができると考えられています。現在、ニューシャトルが走っている丸山ー原市間の上り線の位置に接続線は敷かれることが想定されています。それは丸山駅付近の橋桁をみるとよくわかりますので、航空写真をご覧ください。
お分かりでしょうか。東北新幹線を跨ぐ上越新幹線の上り線の橋桁が異常に幅が広いように見えます。たった線路1本を受ける橋桁にしては大袈裟なくらいに大きいのです。実はこの余った橋桁のスペースに接続線がかかり、接続線は東側にカーブを描いて東北新幹線に合流させるのではないかと考えることができます。
では橋桁を奪われ保留状態のニューシャトル上り線はどうなるのでしょうか。そのヒントもニューシャトルの沿線に隠されているのです。
線路脇の空白地帯
こちらは沼南駅付近の航空3D写真です。手前にあるニューシャトルの軌道が上り線大宮方面です。接続線が完成するとこの区間もこのニューシャトルの架かっている位置に新幹線接続線が架け替えられます。そのため、ニューシャトルは移設を余儀なくされます。この写真のニューシャトル上り線のすぐ横に這うように空き地が続いているのが分かるでしょうか。接続線計画ではニューシャトルはこの横の空き地に移動する形になると考えられています。
この空き地を追ってゆくと、途中遊歩道や緑道として活用されているところはあるものの、ほぼ一定の幅で吉野原駅まで続いています。吉野原駅で途絶える理由は、もうお分かりですね。吉野原駅付近には接続線の立体交差準備スペースが設置されていますから、横を走っていた接続線はほぼ反対側に交差していきますのでここからは従来のニューシャトルのルートを辿ることになります。
あとがき
ここまでニューシャトルの施設に隠された歴史を大きく2つご紹介いたしました。ニューシャトルは「用地買収反対運動」と「上越ー東北新幹線接続線計画」を物語る貴重な存在になっています。
ニューシャトルってどんな乗り物?と聞かれたら私は「ゆりかもめの埼玉版」と答えるでしょう。臨海部を走り、海や夜景が楽しめるゆりかもめとは反対に、閑散とした住宅地や田園風景がずっと広がる、車窓の変化は少ない路線です。
車窓を眺めていても海は一切見えませんが、その代わりに立体交差準備工事の施された様子や反対運動の痕跡を見ることができます。楽しみ方は上級者向けではありますが、今度ニューシャトルに乗る際には鉄道博物館駅から先の区間、内宿駅まで足を運んでみてはいかがでしょうか。
Credit/注釈
参考文献:「新編 幻の鉄道路線を追う 東日本編ー川島令三著」
画像提供:みや38(@Miya38233)氏
この記事は著者による推測を含みます。情報の正確性について完全に保証するものではありません。
※記事内の「団体小屋」の写真はGoogle ストリートビューにて公開されているものを使用しています。私有地や私道が多いため訪問する場合には十分ご注意ください。
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