【御陵線】京王高尾線の「前身」について廃線オタクが語る!

どうも、中沢です。お久しぶりです。

突然ですが、京王電鉄の北野〜高尾山口を結ぶ路線、高尾線には前身となる路線があった事を知っていますか?今回はそんな「高尾線の前身」についてのお話です。

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そもそも高尾線って何?

まず、「高尾線」と突然言われてもピンと来ない方もいらっしゃると思います。系統的には京王線ですしね。ということで高尾線について軽く説明をしていきます。

  • 【路線名】高尾線
  • 【区間】北野〜高尾山口
  • 【駅数】7駅
  • 【開業日】1931年3月20日(御陵線として)
  • 【所有】京王電鉄
  • 【運行系統】京王線系統
  • 【レール幅】1372mm(馬車軌道)

高尾線は高尾山のアクセス路線でもあり、沿線住民の通勤通学路線でもあります。また、ほとんどの列車は高尾線内完結ではなく本線に直通して新宿へと向かいます。新宿と高尾山口をほぼノンストップで結ぶMt.Takao号という座席指定列車も存在します。

さて、高尾線についてある程度説明したところでもう一度先程のリストを見てみましょう。開業日の欄に何か書いてある事にお気付きでしょうか?

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御陵線って何だよ!

先程のリストには開業日の横に「御陵線として」との記載がありますね。これはその通り、高尾線の前身が御陵線という路線であることを意味しています。

御陵線とは、「多摩御陵」という皇室墓地への参拝路線として開業した北野〜多摩御陵前を結ぶ路線です。当初は京王八王子から京王線(本線)を延伸する計画でしたが、市議会が反対した事や用地買収が進まなかった事により急遽北野から分岐するルートに変更されたそうです。

しかし、利用者も少なかったのか1945年に不要不急線として休止状態になってしまいました。第二次世界大戦が行われていたのが理由の一つだと思われますが、どうやら人もあまり住んでいなかったようで…

「御陵線」から「高尾線」へ

ですが御陵線はあくまでも休止されただけで、廃止された訳ではありません。京王は1962年、御陵線の活用方法を考え始めます。京王はここ十数年で路線価値の向上や周辺住民の取り込みに尽力していました。そこで御陵線も何かに使えないかと考えた結果…

  • 休止前とは異なり、住宅地化が進んでいて通勤通学需要が期待できること
  • 工業地区があり発展が見込まれること
  • 八王子南西部には観光地として人気の高まっていた高尾山があるが、現状高尾駅か京王八王子駅からバスで行くしか方法がなく不便であること

このことから、御陵線の北野〜山田までを復活させその先は高尾山まで新たに線路を伸ばし、「高尾線」として開業する事になりました。そして着工から2年もかからずに全線開業を果たしたのです。

高尾線の現在

そんな高尾線ですが、今では高尾山口まで33駅通過する座席指定列車が運行されるようになりました。

ちなみに明大前は乗車のみ。間違えて乗ったら高尾山口まで降りる事はできません。誤乗車ありがとうございます☆

ちなみに…この鬼畜列車を貸切ったカオスな様子は、ぜひこちらの記事をご覧下さい。

結論

かつての参拝路線は、確かにそこにいる。

高尾線に乗る時は、そこにいた…いや、北野〜山田にまだ存在する御陵線の事も思い出してみるといいかもしれません。

この記事を書いた人

中沢 / Nakazawa
中沢 / Nakazawa
千葉ニュータウンと本八幡に対する熱量が異常な札幌出身千葉寺民の未成駅オタク

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