さよなら名鉄百貨店・近鉄パッセ〜名駅の歴史と振り返る〜

2026年2月28日、名古屋駅にあった2つの百貨店が閉店しました。名鉄百貨店近鉄百貨店名古屋店(近鉄パッセ)です。両者ともに、半世紀以上名古屋市民に愛されてきましたが、再開発計画により、その歴史に幕を下ろすこととなりました。この記事では、名鉄・近鉄の名古屋駅のちょっとした歴史と、最終日の様子をご紹介致します。

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名鉄百貨店

名鉄百貨店は、1954年に開業しました。70年以上に渡り、名古屋市民の買い物スポットとして重宝され、同じく名古屋市内に存在する(した)百貨店である「丸栄」(現在は閉店)、「三越」(名古屋栄店)、「松坂屋」(名古屋店)、「高島屋」(JR名古屋タカシマヤ)とあわせて「4M1T」と呼ばれていました。MT比率かな?

名鉄名古屋駅・名鉄百貨店の歴史

この駅は、様々な意味で名鉄の象徴と言えましょう。今回は、開業までの経緯、そして以降の発展という面から解説します。

さて、これまで名鉄は、数多くの合併を繰り返してきました。その中で最も大きかったものといえば、やはり名岐鉄道と愛知電気鉄道の合併でしょう。

名岐鉄道愛知電気鉄道
設立年月日1894年3月17日
(前身である愛知馬車鉄道)
1910年11月21日
路線延長(合併直前)211.8km122.2km
(知多鉄道・碧海電鉄は含めない)
エリア尾張北部・美濃地方尾張南部・知多・三河

これらの2社が1935年に合併し誕生したのが、今日まで続く名古屋鉄道です。しかし、旧名岐鉄道の西部線と、旧愛知電気鉄道の東部線とは、互いに路線が繋がっていませんでした。こうして、戦時中に開業したのが、枇杷島橋(のちの枇杷島分岐点)〜神宮前間です。

「地理院地図」を改変。

1948年に東西で架線電圧が統一され、岐阜〜豊橋間の直通運転が開始されました。以降も、観光需要の増加や、中部国際空港の開港など、名鉄を取り巻く環境の変化にあわせ、発展してきました。

そして、1954年に開業したのが、名鉄百貨店です。この開業に際して、阪急百貨店の支援を受けたようです。以降も、現在のメンズ館である「メルサ」、先日閉店したヤマダ電機が入居していた、かつての「ヤング館」など、市民を惹き付ける施設が続々とオープンしました。また、1969年に、名鉄丸栄百貨店(のちの名鉄百貨店一宮店、閉店済み)を、1971年には「メイテツハニー」(東京都世田谷区、閉店済み)を開業させるなど、積極的な進出を行いました。しかし、2026年まで残ったのは、本店である名駅の店舗のみ。その本店も、名駅地区の再開発計画に巻き込まれ、ついに閉店しました。なお、その再開発計画は振り出しに戻ってしまいました。

最終日の様子

早速よく分からない写真ですね(笑)。こちらは、百貨店内に設置されているエスカレーター。オーチス製であり、時代を感じる形状となっていました。

こちらは、少し外れたところにあった階段。この古臭さがたまりません。

そして名物のエスカレーター。乗ってみると分かるのですが、普通ではありません。何となく覚えてしまう違和感……。それが、エスカレーターマニアの間では話題となっているようです。

最後に外観を。周囲に高層ビルが乱立する今日でも、その存在感を放っています。

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近鉄百貨店名古屋店(近鉄パッセ)

1966年に開業した百貨店。名鉄百貨店に比べると短いものの、60年近い歴史を有する買い物スポットでした。1990年代後半以降は業態を変更し、ファッションビルに近い構成となりました。

近鉄名古屋駅・近鉄パッセの歴史

近鉄の名古屋乗り入れも、太平洋戦争の開戦直前と、名鉄とほぼ同時期になされました。1938年6月26日のことでした。開業当初は「関急名古屋」(関急:名古屋〜桑名間を開業させた「関西急行電鉄」の略)という駅名でしたが、以降およそ30年の間で、何度も駅名が変更されました。

1938年〜1940年(開業当初)関急名古屋
1940年〜1941年参急名古屋
(参急:参宮急行電鉄の略)
1941年〜1944年関急名古屋
(関急:関西急行鉄道の略)
1944年〜1970年近畿日本名古屋
1970年〜(現行)近鉄名古屋

そして、まだ駅名が「近畿日本名古屋」だった時代に開業したのが、この近鉄百貨店名古屋店、近鉄パッセでした。営業開始当初は、純然たる百貨店でしたが、他店との競合が激化し、徐々にファッションビルに近づいていきました。また、レコードショップや書店も入居するなど、名鉄百貨店、高島屋などとは一線を画すようになりました。

しかし、こちらもあの再開発計画により、撤退。先述した「4M1T」には劣ったかもしれませんが、名古屋の一百貨店としての存在感は大きかったように思います。

最終日の様子

こちらは近鉄パッセのフロアーガイド。2階から5階、そして7階は「レディス・雑貨」関連のフロアーのとなっています。

こちらは、1階のエスカレーター付近に設置されていたパネル。「28年間ありがとう」とありますが、「近鉄パッセ」として営業した期間が28年間なのであり、近鉄百貨店名古屋店から数えると、60年近く営業しています。

最後に外観を。非常にお洒落なデザインであるこの建物は、著名な建築家・坂倉準三氏の設計です。

まとめ

名鉄主導の再開発計画により閉店してしまう、2つの百貨店。これらは、名古屋市民に愛されてきたからこそ、最終日まで活況を呈し続けてきたのだと思います。再開発計画は、一旦振り出しに戻ってしまいましたが、これらの閉店という決定に、変わりはないようでした。非常に残念ですが、これも時代の変化なのでしょうか。

参考文献ほか

  • Wikipedia「愛知電気鉄道」「名古屋鉄道」「近鉄名古屋駅」「近鉄百貨店名古屋店」およびその出典
  • 名鉄百貨店内の展示
  • 中日新聞号外(2026年2月28日付)

この記事を書いた人
杉山英澪
杉山英澪
名古屋住みの架空鉄・乗り鉄。
写真とダイヤの技術は壊滅的。
知多娘とおジャ魔女を推しているらしいですよ

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