
皆様こんにちは。杉山英澪です。今回は、洛嶺電鉄の路線点描の第五弾、そして(路線点描の)最終回である福井エリア編です。それでは早速本編に入りましょう。なお、洛嶺電鉄については、以下からご覧ください。
路線網をながめて

こちらが、洛嶺電鉄の福井エリアにおける路線網です。緑色の路線が現有路線、黒色の路線が廃止路線です。さて、この地図を見て何か気付くことは無いでしょうか・・・?そう、
えちぜん鉄道と路線が被っています
この原因については、結構深い事情が関係しています。まずは、それについてご紹介します。
えちてつは元◯◯電鉄だった・・・
ここで問題です。上のタイトルの「◯◯」には何が入るでしょうか?
答えは・・・
「京福」でした
越前地方における◯◯電鉄の鉄道事業のはじまりは、今から110年ほど前にさかのぼります。◯◯電鉄の源流であり、福井県においても電力事業を展開していた京都電燈が、1914年に越前電気鉄道(後の◯◯電鉄越前本線、今のえちぜん鉄道勝山永平寺線)を開業させたのでした。実は、この越前電気鉄道こそが、福井県下初の電気鉄道であったりします。意外ですね()
その後、京都電燈は1942年に解散という憂き目に遭い、同社に鉄道事業が引き継がれます。しかし、利用者の減少がこの路線たちを襲います。まず、1968年に丸岡線(西長田〜丸岡〜本丸岡間)、その翌年には永平寺線の大部分(金津 ※今の芦原温泉〜本丸岡〜東古市 ※今の永平寺口 間)が、1974年には越前本線の末端区間(勝山〜◯◯大野間)が立て続けに廃線となりました。しかしながら、生き残った越前本線の大半、永平寺線の末端区間に関しても赤字が続き、堅調であった三国芦原線でさえも旅客が減少してしまい、存続の危機に陥ります。
そんな環境下で、立て続けに事故は起こりました。まず、2000年12月、永平寺線の東古市行の列車のブレーキが故障し、東古市駅を冒進、そして対向列車の勝山行の列車と正面衝突しました。この事故では、乗客から死者は出なかったものの、運転士が殉職されています。その半年後の2001年6月には、勝山行と福井行の列車が正面衝突する事故が発生しました。幸い、死者は出なかったものの、怪我人はそれなりにいました。この事故の主な原因は、福井行列車の運転士のダイヤの失念や信号機の確認不足でしたが、それ以上に問題視されたのが、自動列車停止装置、即ちATSが未設置であったことでした。これらのため、◯◯電鉄の福井鉄道部に対し、運行停止命令が事故当日に出されました。
このまま2001年まで生き延びた3路線も、◯◯電鉄の資金繰りに苦労したため、ついに廃線が決定します。しかし、いざ代行バスの運行を開始してみると、渋滞の激化に拍車がかかり、バスの定時運行はおろか、自動車通勤でさえも困難になりました。さらに、福井はよく知られている通り、豪雪地帯です。そのため、冬場は道路交通が麻痺してしまいます。そのため、永平寺線を除いた2路線を第三セクター方式で運営すべく、2002年9月、えちぜん鉄道が誕生しました。そして、2003年8月に三国芦原線の全線が、同年10月には旧越前本線である勝山永平寺線の全線が、えちぜん鉄道によって運行が再開されました。実に、2年ぶりの復活ですね。
この世界での◯◯電鉄の存在
ここまで◯◯電鉄の福井における鉄道事業について説明してきましたが、一つ重要なことがあります。この世界線において、◯◯電鉄は存在しません。よって、以下の改変が行われています。
- 現実世界よりは経営状況が良かった
- 福井駅付近は、連続立体交差事業によって1986年に地下化されている
- 丸岡線が生き延びており、浜住線という新路線が存在している(後述)
- 2000年12月と2001年6月の事故は起こっていない。

こちらは3月8日の記事(路線確定・京都エリア編)の写真ですが、右上にご注目。洛嶺電鉄の社章は、実はその鉄道会社の社章と全く同じになっています(パクったわけではありません。設定上仕方のないことです。)
路線点描
勝山本線(勝山永平寺線)
この勝山本線は、ほとんどがえちぜん鉄道の勝山永平寺線と同じですが、以下のような改変点があります。
- 福井駅〜越前開発駅手前は地下区間となっている
- 比島より先、九頭竜川を渡り勝山市街地へ向かい、平泉寺参道のすぐそばの平泉寺口駅を終点としている
- 以下の駅名が、えちぜん鉄道のそれと異なっている
- 永平寺口→東古市(改称されず)

大野線
この大野線は、京福の越前本線の末端・廃止区間(比島〜勝山〜京福大野)を踏襲したものになっています(ただし、資料不足のため、越前本線とルートが一致していない区間もあります)。改変点は以下の通りです。
- 廃止となっていない
- 以下の駅名がえちぜん鉄道・京福電鉄のそれと異なっている。
- 勝 山→新勝山
- 京福大野→洛嶺大野

三国芦原線
比較的改変点が多いのが、この三国芦原線です。それらを羅列します。
- 福井口駅から越前松本駅手前までは地下化されている。
- 東尋坊口まで路線は存続しているばかりか、その先の越前安島まで路線が伸びている。
- 洛嶺春江駅が史実よりも南に位置している。
- まつもと町屋・日華化学前相当の駅が開業時から存在している。
- 八ツ島駅は、
- 以下の駅名はえちぜん鉄道・京福電鉄のそれと異なっている。
- まつもと町屋→越前松本
- 福大前西福井→西福井
- 日 華 化 学 前 →越前大宮
- 太郎丸エンゼルランド→太郎丸(改称されず)
- 西春江ハートピア→洛嶺春江
- 西長田ゆりの里→西長田(改称されず)
- 下兵庫こうふく→下兵庫(改称されず)
- あわら湯のまち→芦原湯町(1972年当時のまま)
- 宿 →米ケ脇


丸岡線
丸岡線は、三国芦原線の途中駅・西長田駅より、丸岡駅を経由し、旧丸岡町の中心部に程近い洛嶺丸岡(史実では本丸岡)駅を結ぶ路線です。史実では(福井における京福の路線で)最も早く廃線となっていますが、杉山英澪は「旧丸岡町に鉄道がないのはおかしい。丸岡線が生き残っていないのはなおさらだ」と考え、この丸岡線を残すこととしました。改変点は以下の通りです。
- 現在まで存続している
- 東長田から越前福島までの区間に、丸岡連絡線が開通している。
- 以下の駅名が京福電鉄のそれとは異なっている。
- 西長田ハートピア→西長田
- 新 福 島→越前福島
- 本 丸 岡→洛嶺丸岡

鷹巣線
福井の洛嶺唯一の新路線で、福井市西部の街・鷹巣までを結んでいます。三国芦原線を開業させた私鉄、三国芦原電鉄の手によって、1936年から1939年にかけて開通しています。

起点駅・洛嶺春江を出ると、急カーブで向きを西に変えます。そうして、九頭竜川の支流・磯部川沿いに形成された集落にある、松木・石塚の各駅に停車していきます。この辺りは旧春江町の西の方のエリアです。

九頭竜川を渡ると、列車は坂井市を飛び出して、福井市に戻ってきます。そうして、列車は布施田駅に到着します。当初の開業区間は、ここ布施田まででした。ここから先は、1939年開通の区間です。列車は、田畑の中のところどころにある集落を結んでいき、砂子坂、波寄町と停車していきます。



波寄町を出るとしばし田園地帯を爆走し、日本海へ向かっていきます。そして、何と一瞬だけ坂井市に戻ってきます。なお、洛嶺春江、松木、石塚の各駅は旧春江町に存在したのに対し、この米納津駅は旧三国町。元三国町であった線内唯一の駅です。ちなみに、「米納津」は「よのづ」と読みます。過去に出てきた「安口」や「間人」と比べれば読みやすい方ですが、それでも福井市民か坂井市民でないと読みにくいですね。
米納津を出ると再び再び福井市内に戻り、白方駅に到着します。このあたりから、右手には小高い丘が見えます。緩衝緑地帯です。その後列車は、越後石橋・川尻と停車していきます。これらの駅から福井港の港湾施設や「テクノポート福井」(工業団地)へは比較的アクセスが良く、それらの従業員も当路線を利用します。
そうして、白方を出てしばらくすると、遂に右手には海が見えてきます。そうして、浜住駅を出ると、列車はゆっくりと鷹巣駅のホームに滑り込みます。ここから有名な温泉「鷹巣温泉」へは徒歩数分。芦原や三国、加賀なども良いですが、このような長閑な場所で週末を過ごすのもありなのかもしれません。
永平寺線(廃止済み)

金津(現・芦原温泉)から洛嶺丸岡・東古市を経由し、永平寺までを結ぶ路線で、福井平野の東端を走っていました。この路線だけは改変点が皆無に等しく、1969年に金津〜東古市が、2002年には残る東古市〜永平寺間が廃止となった点も同じです。ただし、全線廃線の理由は単なる乗客減少であり、事故は全く関係がありません。
洛嶺の路線一覧
全五回に渡る洛嶺電鉄制作記の路線点描。洛嶺電鉄の路線網が何となく掴めてきましたので、以下に記載します。

京都エリア | 嵐山本線 | 8.4km |
北野線 | 3.7km | |
梅津線 | 6.6km | |
叡山本線 | 18.4km | |
出町柳線 | 1.4km | |
鞍馬線 | 8.8km | |
(合計) | 47.3km |
丹波エリア | 洛丹本線 | 111.5km |
洛福線 | 44.4km | |
須知線 | 8.4km | |
保津線 | 7.1km | |
篠山線 | 5.0km | |
(合計) | 176.4km |
福井エリア | 勝山本線 | 31.6km |
大野線 | 9.7km | |
三国芦原線 | 29.0km | |
鷹巣線 | 16.1km | |
丸岡線 | 7.6km | |
丸岡連絡線 | 0.7km | |
(合計) | 94.7km |
京都エリア | 6路線 | 47.3km |
丹波エリア | 5路線 | 176.4km |
福井エリア | 6路線 | 94.7km |
奥丹電気鉄道 | 2路線 | 101.5km |
合計(奥丹除く) | 17路線 | 318.4km |
合計(奥丹含む) | 19路線 | 419.9km |
洛嶺電鉄は、以上のような、長大な路線網を有する私鉄になりました。距離的には4位となります。ただ、京都エリアを除けば、大都市圏内や大都市間というよりは、地方と大都市、或いは地方都市内に路線があるため、経営状況はかなり悪そうです()
さて、次週はお休みし、再来週からは、洛嶺電鉄の歴史についての記事(「洛嶺・奥丹ヒストリー」)を投稿していく予定です。ご期待ください。
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