
こんにちは。こづるしんでんです。
仙石線の個性豊かな車両たちを紹介する、仙石線車両図鑑。19回目の今回は、205系3100番台M19編成を紹介していこうと思います。
概要


M19編成は、205系3100番台で19番目の編成となっています。
あおば通方から、クハ204-3119、モハ204-3119、モハ205-3119、クハ205-3119の4両編成です。
なお、仙石線に来る前は南武線でナハ48編成として活躍していた6両のうちの4両となっています。
転入元は?

仙石線の205系で19番目に宮城野に転入した編成で、2009年10月20日に転入しています。
転用元は、あおば通方から、サハ205-14(ヤテ7編成)、モハ204-19(ヤテ7編成)、モハ205-19(ヤテ7編成)、サハ205-13(ヤテ7編成)です。種車が統一されている珍しい(要審議)な編成ですね。
郡山工場で転用改造が行われました。ATACSが搭載されており、ID-19が振られています。
なお、南武線への転用改造も郡山で行われていたそうです。その時は、先頭車のみ1200番台へと改番され中間車は元の番号でした。その後、3100番台に再度改造されるときに全車両改番された……という感じですね。
特徴は?

全部の車両が山手線由来の車のため、ドア窓は小窓になっています。前照灯はLEDに更新済みです。

また、M19編成の特徴として有名なのはこれ。方向幕を埋めたところまで帯が伸びているところですね。
あとはドアの上のステッカーや乗務員室の仕切りの色など、独自の部分があります。また、仙石線に配給直後は先頭車の前のあたりに黒のJRマークが貼り付けられていたそうです。
また、霜取りパンタグラフを設置しております。

内装はオールロングシートです。また塗装は通常の青と水色のものになっています。
なんで南武線から車両がきたの?

ではなぜ、わざわざ南武線から車両を転用したのでしょうか。
原因はこいつ。JR東日本最後の103系こと、RT-235編成です。
一度引退し郡山工場へ入場しましたが、多賀城駅高架化工事の際に多賀城中線での折り返しができず、東塩釜まで回送することになり、その分運用数が増えたため復活しました。しかし、いかんせん老朽化も進んでいるため、早めに置き換えたいところ。
そこで白羽の矢が立ったのが、209系に押し出される予定だったナハ48編成です。
郡山まで配給され3100番台に改造し、無事仙石線205系の一員として加わりました。
なお、仙石線に転用されなかったモハユニット(21番)は、南武線の他の編成に組み込まれたとか。
廃車回送済

なお、2026年1月14日の1949Sを持って運用を離脱し、1/20~1/27にかけM3編成と一緒に首都圏経由で秋田へ廃車回送されました。
なお、配給の途中上越線が大雪で運休になり、高崎で数日間とどまっていました。まるで廃車回送されたくなかった……みたいな感じですね。
ヤテ7編成として40年7ヶ月ほど、ナハ48編成としては22年弱ほど、M19編成としては16年3ヶ月ほど。長い間お疲れさまでした。
まとめ
ということで、M19編成を紹介しました。
10月から始めた205系を全編成紹介するというこの企画も、ようやく終わりを迎えることができそうですね。
……ここで終わるわけないけどね。
最後までご覧いただきありがとうございました。

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中央特快相模湖行き()
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