ありがとう。マンガッタンライナーⅠ〜M8編成が残したもの〜

こんにちは。こづるしんでんです。

ちなみに知っていますか?

ふりとれのサイトに検索機能がつきました!(何一つ関係ないのになんで宣伝してんだよ)

結構ちゃんと使えるのでぜひ使ってください。スマホ版では左上、PC版では右側のバーの上の方にあります。

本題に戻ります。

今回は、惜しまれつつも引退したマンガッタンライナー1である、205系M8編成について語っていきたいと思います。

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Thank You ~一緒に駆け抜けた日を忘れない~

2025年3月23日。この日をもって205系のある編成が引退しました。

マンガッタンライナー1 M8編成

ラストランを終え、あおば通駅から車庫へ回送される際には多くのファンが駆けつけていました。

この車両は、どんな人生を歩んできたのか。どうしてここまで愛されたのか。すこし、振り返ってみましょう。

山手線時代

山手線です()

もともと、M8編成の4両はヤテ25編成として山手線で活躍していました。

しかし、E231系500番台の投入により、205系は各地に散っていきました。

そのため、ヤテ25編成のうち4,5,6,7号車が3100番台に改造され、M8編成として仙石線に転用されることになりました。

仙石線時代

ところでみなさん。石ノ森章太郎氏をご存知ですか?登米市出身で石巻市内に萬画館が建っています。

そのつながりで、「萬画の国いしのまき」をアピールし、石巻の町おこしを行うために、M8編成は「マンガッタンライナー」として石ノ森章太郎の作品がラッピングされることになりました。

他の編成との差異は、

・2wayシートを石巻側の先頭車に搭載。

・側面には「サイボーグ009」「仮面ライダー」「ゴレンジャー」「ロボコン」

 の4つのキャラクターがラッピング。

・ロボコンによる車内放送があった(廃止済)

かなり気合いが入った車両となっており、石巻に向かう快速うみかぜに優先的に該当されていました。

仙台と石巻を結びつつ、走る広告塔の役割だけでなく、乗っている時間そのものを楽しくしてくれるような存在になり、人々の心のなかに根付いていったのではないか、と思います。

そして、2008年に仙台・宮城デスティネーションキャンペーンが開催され,その際にM2編成もマンガッタンライナーIIとしてラッピングがされました

この2編成は言わば仙石線の顔として、人々に親しまれていました。
沿線の美しい風景を眺めながら、お気に入りのキャラクターとともに電車に乗る時間はとても楽しいです。(地元民)

マンガッタンライナーⅠのM8編成は、石巻地域への旅をより一層楽しいものにしてくれる、そんな魅力的な観光列車でした。

震災からの復興を支えた希望の光

そんな中、2011年3月11日に発生した東日本大震災は、海沿いを走っていた仙石線沿線にも甚大な被害をもたらしました。線路や駅舎は大きな被害を受け、2編成が被災し廃車されました。

仙台地域と石巻地域を結んでいた仙石線は分断され、地域の人々の生活も一変し、マンガッタンライナーも石巻に来れないという事態が起こりました。

被害を負った仙石線についてはこちらの記事をどうぞ。


そのような状況の中、被災を免れた車両たちや、被災したものの修理を終えた車両で、少しずつ運行を再開していきました。

そして、震災発生から4年も経った2015年5月30日、仙石線は全線復旧し、マンガッタンライナーⅠも再び石巻の地を踏むことになりました。

仙石線復旧の道のり
  • 2011年
    3月11日
    東日本大震災発生

    全線運休

  • 3月28日
    あおば通〜小鶴新田間復旧

  • 4月19日
    小鶴新田〜東塩釜間復旧

  • 5月25日
    東塩釜〜高城町間復旧
  • 7月16日
    石巻〜矢本間復旧

    電化設備がやられていたので、小牛田所属の気動車で運行

  • 2012年
    3月17日
    矢本〜陸前小野間復旧

  • 2015年
    5月30日
    高城町〜陸前小野間復旧

    内陸部に線路を移設した。全線復旧

見慣れたキャラクターが描かれた電車が仙台から走ってくる。

震災を乗り越え、再び全線を走破する姿は復興の象徴そのものだと思います。

ありがとう。そしてさようなら。

そんなM8編制にも、老朽化の波が押し寄せてきました。(いかんせん車歴は40年近く。)

そのため、2025年3月23日で運行を終えることが発表されました

ラストラン当日、時間の都合上苦竹から乗車しましたが、(多賀城まで行けず断念)とても混雑していて、

さらにあおば通から回送列車として発車する際には、仙台とは思えないほど、本当に多くの人が詰めかけていました。
本当に多くの人に愛されていたんだなと、しみじみ感じました。

閑話 ~自分の思い出~

自分が小さい頃はほとんどM2編成しか見かけていなかったのであまり印象は薄いのですが、それでも

・夜にあおば通の発メロ録りに行ったらちょうどいた。

・小鶴新田行きの収録をしにいくと毎回M8があたる。

・石巻で暇していたら団体列車として唐突に入線してくる

といった、ここ数ヵ月の思い出はとても濃いです。今更ながら、いなくなってしまうととても寂しく感じます。

それでも、走り続ける。

そしてついに、廃車のために郡山に配給される日が来ました。

しかしその日は最悪なことに風がとても強く、仙台の一部では停電も起こったそうです。

当然鉄道も無事なわけがなく、

・東北本線:一時は新白河〜盛岡のほぼ全区間で運休

・石巻線:遅延等はあったけどそこまで大きくなかった模様

・仙石線:遅延等特になし

辛うじて動いていた仙石線、石巻線を経由して東北本線と合流する小午田までは配給されましたが、その際東北本線は運休中。まるで天気がマンガッタンライナーⅠとの別れを拒んでいるかのようでした。

しかし、それでも何時間も遅れて郡山まで配給されました。

風が強い中での運行はとても大変だったと思います。それでも無事運びきったことはとてもすごいです。

その魂は、なくならない。

これでマンガッタンライナーは終わり…ではありません!

まだ205系M2編成のマンガッタンライナーⅡ、仙石東北ラインのHB-E210系C-1,C-2編成には同様にマンガッタンライナーのラッピングが施されています。

後継のE131系にラッピングが施されるかどうかはまだ未定らしいですが、それでもきっとやってくれるでしょう()

M8編成から始まったマンガッタンライナー、その魂はなくならず、今も走り続けています。

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Thank You ~一緒に駆け抜けた日を忘れない。~

最後に、ラストランの日時を一般に向け公開し、

それにともない様々な企画を作ってくださったJR東日本東北本部の皆様。

本当にありがとうございます。

そして、マンガッタンライナー1 M8編成へ。

ありがとう。そしてさようなら

この記事を書いた人

こづるしんでん
こづるしんでん
中央特快相模湖行き()
鉄道madが好きすぎて作り始めました...が、現在絶賛練習中でございます。
水ゼリー大好き

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